これは観るべき作品である。

第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門グランプリ、第96回アカデミー賞で国際長編映画賞・音響賞受賞作品。ナチス関連の映画は数多いが、こうした切り口があるのかと、映画描写の奥深さを感じさせられた。

アウシュビッツ収容所の隣で幸せに暮らす実在のルドルフ・ヘスの家族を描いた作品。残虐なシーンは一切ないが、随所に描かれるシーンや音で、アウシュビッツで行われている大量虐殺を想像させられる。これだけ残虐なシーンが何もないのに恐怖を感じさせられる作品は初だ。何も知らないと、ただのドイツ人の豊かな暮らしに見えてしまうのが恐ろしい。つまり、アウシュビッツで何が行われているかに関心がないような人間にとってはただの家族の日常にしか見えないのだ。

「関心領域」とは、アウシュビッツ収容所と、それを取り囲む40平方キロメートルの地域を「The Zone of Interest(=関心領域)」と名付けていたことに由来する。しかし、現在においては、これだけ情報化社会になっても自身の興味があることしか見ないという痛烈な皮肉にもなっていると思う。ガザ、ウイグル・チベット、ウクライナなど、現在でも紛争は多いが、どれだけ私たちはそれらの現場の出来事に関心を寄せているだろうか。とにかく、ゾッとさせられるのは、この忌まわしい大量虐殺を行っていたドイツ人と観客は、程度の差こそあれ、大差ないぞと言われているような気分になることだ。見て見ぬふりをしている点で、大差ないではないか、と。「お前も”凡庸な悪”だ」と言われているようだった。

とにかく、ゾッとするのはルドルフ・ヘスの家族は何も知らないわけではなく、収容所で何が行われているかを知っていることだ。ユダヤ人から収奪したものを品定めしたり、ヘスの子供はユダヤ人から剥ぎ取ったと思われる差し歯を眺めたり。夜中には赤く空が染まる。到着する”積み荷”を延々と燃やしているのだ。遺灰は川に流される。壁の向こうからは犬の吠える声、叫び声が聞こえるが、それすら日常になっており、もはや関心の対象ではない。

終盤で現代のシーンになるが、それが収容所の清掃シーンなのが意味深である。観光客を迎えるために係の人が清掃を行っている。淡々と掃除をしているが、その背景にはユダヤ人を焼いた焼却炉に、ユダヤ人の靴の山(子供の靴も見える)、犠牲者の写真が見える。当時も人の命を業務として淡々と奪って焼却していた。現在でも収容所が博物館化されそこで働く人は淡々と作業に励む。その様は、まるで同じではないか。一方で、清掃するという行為で、人種的な穢れを浄化しようとすることや、過去を洗い流すことのメタファーでもあるように思う。

なお、暗視カメラの映像で映し出される少女は、実在の人物だそうだ。リンゴを土の中に隠し、それを飢えたユダヤ人に見つけてもらい、救おうとしたのだ。ちなみにいうと、本作が撮影された家もヘスが実際に住んでいた家だそうだ。

とにかく、不気味でゾッとさせられるシーンが多かったが、多くの人が観なければならない作品だと思う。

 

★ 4.6 / 5.0