ロスチャイルド家というと世界的なユダヤ系の財閥であり、一時期は世界で最も裕福な一族であった。ロスチャイルド家の始祖は、神聖ローマ帝国フランクフルトのユダヤ人であったマイアー・アムシェル・ロートシルトが1760年代に銀行業を興したことに端を発するそうだ。マイアー・アムシェル・ロートシルトはもともとラビになるようにイェシーバー(ユダヤ教の神学校)に通っていたが、経済的問題で退学。その後、古銭の収集を行っていたが、これが貴族に売れるようになり宮廷御用商人にまで上り詰め、銀行業を興すに至る。マイアーは商才があったようだが、イェシーバーで学んだ歴史の知識などがだいぶ活きたようだ。
その後、5人の息子を、ロンドン、パリ、フランクフルト、ウィーン、ナポリに配置し、国際的な銀行のネットワークを形成し、世界的な大財閥を形成していくことになる。ユダヤ人ながら各国で男爵を授爵され、貴族にまでなったのは当時としては異例だっただろう。独自の情報ネットワークを構築し、投資情報をいち早く察知しては巨万の富を蓄え、ユダヤ人ということで締め出されそうになると莫大な富を武器にその地位を守ってきた。その手腕は天才的だが、偶然とはいえないほどの強運を持ち合わせている。ちなみに、この5人の息子の結束の証として、ロスチャイルドの紋章には5本の矢が描かれている。
しかし、徐々にナショナリズムが巻き起こり、徐々に国境の障壁が厚くなるにつれて、徐々にそのロスチャイルドのネットワークもきしみ始める。ナポリ・ロスチャイルドはナポリ王国滅亡とともに没落し、フランクフルトも徐々に経営悪化し、後継ぎにも恵まれずに断絶。ウィーンもハプスブルク王朝の滅亡とともに衰退した。ウィーンの分家筋は、ヒトラー率いるヒトラーに財産を接収され命運が尽きた。結局、残っているのはフランスとロンドンのロスチャイルドのみである。なお、フランスは貴族制は廃止しているが、民間レベルで爵位は承継され男爵を名乗っている。ロンドンのロスチャイルドも男爵(連合王国貴族爵位)であるが、こちらは英国の正式な貴族である。
ちなみに、ロスチャイルドは英語読みで、ドイツ語だとロートシルトと読み、フランス語だとロッチルトとなる。ドイツ語でロートシルトは赤い盾を意味するが、「赤い盾」を家の前に掲げていたので、その家名となったようだ。ロートシルトというと、ワインにある程度明るい人であれば、シャトー・ラフィット・ロートシルトなどで聞いたことがあるだろう。ボルドー五大シャトーの2つはロスチャイルド家の所有である。もともと四大シャトーだったが、ムートンが格付けで2級となったことに憤慨して、土壌改良などをして1級に昇格したので、現在、五大シャトーとなっている。
それにしてもツタンカーメンの発掘に出資していた富豪のカーナヴォン伯爵(邸宅はドラマ「ダウントンアビー」で有名になったハイクレア城)であるが、彼が裕福になったのはロスチャイルドによるというのには驚いた。五代目の伯爵の結婚相手がアルミナであるが、彼女はアルフレッド・ド・ロスチャイルド男爵(オーストリア帝国貴族)の隠し子とも言われ、男爵から莫大な持参金や遺産を与えられ、それによりカーナヴォン伯爵に巨万の富がもたらされたという。
その他、ナポレオンと戦うウェリントン将軍に軍資金を送ったことや、スエズ運河買収劇、イスラエルへの投資、ダイヤモンドとの関係など、世界史への影響も大きい。ちなみに、日露戦争の際に金融支援していたのもロスチャイルド家だから日本にもゆかりがある。いやはや、本当に世界的な巨大財閥の影響力の大きさを感じる。
しかし、かつては世界随一ともいえる超大富豪ではあったが、いまでは分家したり相続税などもあり資産は目減りしているようだ。ロスチャイルド銀行は「世界の巨大銀行トップ50」にもランク(LINK)していない。といっても世界的な超大富豪には違いなく、冒険家のDavid Mayer de Rothschildは資産100ドルで1兆~1兆5000億円程度の資産だそうだ。ロンドンの男爵ジェイコブ・ロスチャイルド卿は50億ドル程度の資産らしく、1ドル100円としても5000億円、1ドル145円で計算すると7250億円という大富豪である。彼らはロスチャイルド家の一員でもトップを争う大富豪だが、そうではなくとも各ロスチャイルド家の分家筋でも数百億円程度は有していると想像され、その途方もない財産にただ驚かされる。
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