メディアで活躍しているイェール大学アシスタント・プロフェッサーの成田悠輔氏の著書を読了。よく学者風のコメンテーターがテレビに出てくるが、成田氏は東京大学を卒業し、卒業時に大内兵衛賞を受賞、マサチューセッツ工科大学(MIT)にてPh.D.取得しており、現在もイェール大で職にあるれっきとした学者である。当然、学術論文も執筆している。
冒頭で成田氏も認めているが、成田氏は政治学は専門ではない。ただ論を進めるにあたり根拠論文は全て掲載しており、彼の全くの自説ではない。専門外だからこそ柔軟な発想で意見主張ができるというメリットもある。頭の体操としては非常に興味深い議論だったと思う。
本書の問題意識は、民主主義の機能不全が今世紀に入って顕著になったという認識である。これは様々なデータを出して民主主義が機能不全となっていることを示す。そして、そうした民主主義の抱える限界の克服のために本書で提案されているのが、科学的政策決定、つまり、アルゴリズムによる政策決定であるという。昨今のAIの発達を考えると、ある程度は有り得そうな気もする。
ただこうした科学的政策決定は、何度も失敗してきた。鳩山由紀夫元首相は理系人間で、オペレーションズリサーチの専門家だったが、政策決定は滅茶苦茶で、暗黒の民主党政権の体現者だった。政策決定の困難性はまずは議題を何とするかにあり、そして、それに関する情報が収集できるか、その情報をベースにした議論を昇華する点にある。議題が明確で、情報も揃っていれば、あとはそれを計算するだけなので人工知能で答えを出せるが、問題はその前段階にある。多くの情報は二進法でネットに落ちているが、それは現実世界の人間の一部でしかない。
そして致命的なのはデータは過去の履歴であって、それから未来の方向性を決定することが計算できるのだろうかという点にある。例えば、いままで人種差別していた国があったとして、それをAIに学習させれば、過去の履歴から人種差別を継続する結果が出てしまう(アメリカの判例だと黒人だと厳罰化される傾向があるのでそれがAIでは踏襲されることになる)。人種差別を一挙に転換する判断がAIによってできるかと言えば”NO”なのだ。つまり、レジームの変革はAIのアルゴリズムでは不可能である。
正直、成田氏の主張は過去の科学的な政策決定の議論の延長でしかなく、それはいままで上手くいったためしがない。結局、AIは計算機械であって、その出した結果の取り扱いは人間が行うのだ。政治家はネコになりえない。