英国の家政婦の中年女性が、ある日、たまたま見たディオールの洋服に一目惚れして、お金を貯めてパリのディオールに買いに行くストーリー。ただディオールは上流階級向けのオートクチュール(高級仕立服)で、最初は相手にされないが、たまたま助けてくれた貴族の紳士の手助け等もあり、仕立ててもらえることになる。

ミセス・ハリスの純真さや誠実さが出会った人を魅了し、不可能だと思っていた夢がかなう。何歳になっても夢を諦めずに行動する様は見習いたい。かなりご都合主義だったりする点はご愛敬だが、結構、落とすときは落とすので、主人公ハリスの傷心を察すると物悲しい場面もある。終盤盛り返す前までは重々しかった。しかし、ディオール側の粋な計らいでハッピーエンドで安堵した。山あり谷ありで飽きずに観れるのでオススメしたい。

設定は1950年代だが、ディオール氏が亡くなったのが1957年だから本当に晩年のディオール最盛期を描いている。戦前は反伝統的貴族だったシャネルの機能的な服が人気だったが、大戦の暗い時代が終わってからもてはやされたのはディオールの華やかでエレガントなスタイルだった。夫を亡くした主人公がディオールのドレスに心を奪われるシーンはそんな世情を示している。

 

ディオール社の協力もあり、メゾンなどの再現度は高いらしい。ちょうど当時は上流社会が弱体化しており、オートクチュールからプレタポルテ(既製品服)へ移行し始める時期でもあるが、これからは一般消費者にも届きやすいようにするべきだと主張する会計士(なんか見たことあると思ったら「エミリー、パリへ行く」の主人公の彼氏役のリュカ・ブラヴォー)の発言は、ちょうどそんな当時のマーケットの変化を描いている。貴族がディオールはパリの”エレガンスとデカダンス(退廃)”だというシーンは、スタイルの華やかさだけではなく、有閑階級の崩壊を示唆しているのだろう。

 

なお、映画にはMarquis(侯爵)やComte(伯爵)などの貴族が出てくるが、当時はすでに共和制であり、公的には貴族制は廃止されて特権もなく称号しか残っていなかったはずである。戦争で財産を失っていればほとんど庶民と変わらない貴族も多かったはずだ。なお、ディオールが亡き後にメゾンを継いだのが若きイブサンローランだったりする。サンローランは、アルジェリア独立戦争で徴兵されるが精神を病んでしまい、ディオールを解雇され、独自のブランドを立ち上げた経緯がある。現在、ブランドのイブサンローランはケリンググループの傘下にある。

ディオール社は映画やドキュメンタリーへの協力に積極的でラフシモンズがコレクションづくりに奮闘する「ディオールと私」や、ディオールの調香師にせまったドキュメンタリー「NOSE」、不良少女とディオールのお針子との交流を描いた「オートクチュール」などがある。これは宣伝のためだろうが、良い広告戦略である。映像作品がブランド価値を高め、そして宣伝にもなる一石二鳥である。その後ろでLVMH及びクリスチャン・ディオールの大株主のベルナール・アルノーの顔がチラつくのだが・・・。

シンプルに映画の感想としては、中年女性の力強く前向きに生きる様に元気づけられた作品だった。広くオススメできる作品だ。