今年6月の「マルティン・ガルシア・ガルシア ピアノコンサート」(東京オペラシティコンサートホール)の記事で書いたが、スペイン人ピアニストのマルティン・ガルシア・ガルシアのファンになってしまった。そして本日、ガルシアさんの来日公演があったのでサントリーホールまでいってきた。

 

いやー、素晴らしい演奏で、やまない拍手にスタンディングオベーションで、観客の熱狂ぶりが凄かった(今回もコンサートに足を運んでいるがここまでの熱狂は珍しい)。私も人生で数回したことがないが、思わずスタンディングオベーションしてしまった。それぐらい素晴らしい演奏だった。あまりの熱狂ぶりにガルシアさんも半笑いだった。ただ若干歩き方がお疲れのような感じだったが、前日の夜は大阪でコンサートだったらしく、この大曲をそなえたプログラムゆえに疲労が出ていたのだろう。ピアニストは体力勝負なのでぜひご自愛いただきたものである。

 

さて、肝心のプログラムだが、前回私がいった回はショパンプログラムだったが、今回は前半がショパンで後半はラフマニノフのプログラムである。アンコールも4曲弾いてくれたが、3曲がラフマニノフ。前回も取り上げていたが、スペイン人よろしくモンポウ(カタルーニャの作曲家)をアンコールで披露してくれた。前回はショパンの美しい旋律や音楽を奏でる喜びを強く感じる演奏だったが、今回はよりシリアスで荘厳な彼のピアニズムを垣間見れたように思う。

 

マズルカでは本当に右手の旋律が左手のマズルカのリズムに合わせてダンスを踊っているようだった。”音が踊る”という感覚は、自分で書いていても本当に不思議な感覚表現であるが、そう表現するのが一番正しいと思っている。そして舟歌は旋律が美しく揺蕩い、水面に光を反射する。美しいベネチアのような海上都市を行き交うゴンドラとその水面を連想した。美しい情景だった。そして前奏曲は4曲取り上げられていたが、ラストはショパンらしからぬ重々しいOp. 28-14。しかし、この焦燥感を感じるオクターブのユニゾンのダークな曲調からの、ピアノ・ソナタ第2番の第一楽章の疾走感のある旋律の流れはなかなか見事だった。第三楽章の中間部の懐かしい過去を偲ぶような情感ある旋律を本当に美しく歌い上げる。

 

前半だけでだいぶ満足度が高かったが、後半のラフマニノフのプログラムでは彼のヴィルトゥオーゾぶりが遺憾なく発揮されていた。このラフマニノフのピアノソナタ第1番はもともとゲーテの「ファウスト」に着想され、標題音楽として作曲されていたが、途中で放棄された経緯がある。しかし、この長大なソナタの持つ物語性と深遠さは、音楽というよりやはり文学由来といったほうがしっくりくる。とはいっても、私のような素人の理解の範疇は遥かに超える。ただ音響芸術の前に圧倒されるだけだった。彼のラフマニノフは「音響の建築」のようで、ヨーロッパにある大聖堂の荘厳なファサードを想起した。

 

彼の演奏は陽気で華やかと言われるが、ラフマニノフの演奏を聴くと実はシリアスで哲学的でもあることが分かる。いずれにせよ彼のピアニズムは日本人の気質に非常にフィットしている。2021年のショパンコンクールでは個性派が揃っていたが、コンサートピアニストとしてはトップを争う人気になりそうだ。

 

(プログラム)

 

ショパン:
  4つのマズルカ Op. 33
  舟歌 Op. 60
  「24の前奏曲」より Op. 28-13、Op. 28-3、Op. 28-2、Op. 28-14
  ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 Op. 35 「葬送」
ラフマニノフ:
  楽興の時第3番 ロ短調 Op. 16-3
  楽興の時第2番 変ホ短調 Op. 16-2
  ピアノ・ソナタ第1番 ニ短調 Op. 28

 

アンコール

  ラフマニノフ:絵画的練習曲 Op. 39 No. 8 「音の絵」
  ラフマニノフ:絵画的練習曲 Op. 39 No. 9 「音の絵」
  モンポウ:歌と踊り第6番
  ラフマニノフ:サロン小品集ワルツ Op. 10-2