毎度のことながらこのエリート必須の教養系の本はざっくり学べるので手に取ってしまう。著者の山中俊之氏は、東大法学部卒で外務省に入った元官僚であり、ケンブリッジ大学開発学修士(経済開発学)、大阪大学国際公共政策博士(組織人材開発)、ビジネスブレークスルー大学院MBA、高野山大学修士(仏教思想・比較宗教学)で、現在は神戸情報大学院教授である。
うーん、超入門ということで、かなりレベルを落として書いたのだと思うし、薄く広くという趣旨は分かるが、それにしても、元外交官で博士号まで取得している方が執筆したにしては、すごい表面的な情報が多かった。350頁近くある割に、主観的な表現なども多いし、参考文献などもなく、個人的な体験談も多く、客観性については疑問符が付く部分も散見される。ただざっくり民族問題・人種問題について知識をつけたい場合には良いと思う。文章は分かりやすくサラリと読める。
日本は島国であり、単一民族という意識が強いが、アイヌ民族は明らかに大和民族とは異なる民族である。琉球ももともとは独立王国である。日本はうまく同化が進んだので民族を気にする機会があまりないが、海外では民族問題はセンシティブなテーマである。うっかり海外で民族問題を気にするとビジネスにも影響があるので、こうした本を読んで一定の知識を身に着けることは意義がある。
例えば、お隣の中国でも56の民族が暮らしている。現在、9割は漢民族だが清王朝は満州族の王朝だったり漢民族が常に優位ではないし、チベット・ウイグル問題も抱えているし、朝鮮半島とは朝鮮族との問題もある(韓国映画「哀しき獣」は朝鮮族中国人が主人公だったりする)。台湾はどちらかとえいえば東南アジア系の原住民が住んでいたが、現在では大陸から来た漢民族が主流である。
白人・金髪・青目が欧州人というイメージもあるかもしれないが、実際のところハンガリーはもともとモンゴル系民族が多く住んでおり、フン族(複数形だとハン)が住み着いたガリアの土地という意味で、ハンガリアが語源であり、赤ちゃんにできる「蒙古斑」もハンガリー人にはみられ、姓名の順序も東アジアと一緒だったりする。これは広大なモンゴル帝国の名残である。
アジアをみても、宗教的にはキリスト教・イスラム教・仏教・民族宗教が混在しているが、政治的にも立憲君主・共和制・独裁・社会主義が混在しており、非常に複雑である。ちなみに、イスラム教といえば中東のイメージだが、世界最大のイスラム国家はインドネシアであるし、マレーシアも過半数がイスラムであるし、迫害で問題になっているロヒンギャ族もイスラム教である。なお、インドネシア・マレーシア・フィリピンなどは民族が細かく分かれているが国が割れたのは欧米の植民地化で分断されたに過ぎない。
それにしても本書を通じても感じるのは欧州が世界各地に残した傷跡である。アフリカは欧州諸国によって分断され植民地化され、国民は奴隷として輸出され、困窮に追い込まれた。南米も王朝が滅ぼされて原住民は激減した。タスマニアでは英国が原住民をハンティングの的にした挙句に絶滅させた。いまではオーストラリアもニュージーランドもアメリカも白人主流だが、言ってみれば欧州による土地の強奪である。
南米は最上層に欧州出身者、次に現地生まれの白人層が位置し、次いで混血、さらに原住民・黒人が位置する。しかし、メキシコでは経済問題も大きく頭をもたげ、いかなり人種であっても経済力がなければ迫害されるという。プアホワイトよりリッチな有色人種ということだ。アルゼンチンは白人主義を掲げて有色人種を迫害したので白人率が実は高いが、南米では結構嫌われ者だったりする。
日本人は中東・アフリカにはかなり疎い。エジプトにいるキリスト教徒の比率は日本よりも高いし、なんならイエス・キリストが幼少期を過ごしたのはエジプトだというと驚くだろうか?アフリカといってもブラックアフリカと北アフリカの褐色系の人種では大まかに異なる(一国内でも当然に細かく部族は異なる)。部族対立を煽って苛烈な植民地支配をしたのがベルギーだったりする - もともとコンゴはベルギー国王の私有地だった。
中東もペルシャ語とアラビア語は異なる言語だが混同されやすい。映画「クラッシュ」で、アメリカでアラビア系と間違えられて店を襲撃されるペルシャ系の人が出てくるが、ここらへんの民族問題は現地人ではないとなかなか理解しがたい。留学中に思ったのは、欧米や南米からすると、中国・韓国・日本は一緒の扱いである。それは日本人がアフリカを一括りにしたり、中東を同一視するのと同じである(どちらも無知な行為である)。
本書を読めばわかるが世界は非常にセンシティブな民族問題を抱えているということだ。それなのに日本だと着色していないかパーマをしていなかチェックのために地毛証明書を出させたりしているが、グローバル基準でみると、開いた口が塞がらない。移民の子供はどんな思いで地毛証明書を出すのだろうか?日本は血統主義だがこれは世界的には少数派である。ただユーラシア大陸の隅っこの大きな島国の日本の意識は変わらないと思う。島国にしては巨大であり、人口1憶を超える大国であり、移民をいくら受け入れても限界があり、移民はあまりにもマイノリティ過ぎるのだ。そこそこ豊かながら同質性の高い社会が温存されるのだと思う。
