BBCが行ったイギリスの階級に関する意識調査を複数の社会学者が分析した本である。従前の英国では、上流階級・中流階級・労働者階級の3つに分け、また中流階級が上位・中位・下位に分かれていると考えられてきたが、今回の調査ではそのような従来型の階級構造は古くなっており、7つの階級が成立しているということを明らかにしている。


最上位に位置するエリート層と、何も持たない最下層のプレカリアート(不安定な無産階級、Precariousと Proletariatから成る造語)をトップとボトムにして、多様な中流層が存在するという。本書では「経済資本(所得・貯蓄・住宅資産)」、「文化資本(学歴・趣味・教養)」、「社会関係資本(交友関係・人脈)」の観点から分析している。日本だと”階層=経済資本”で考えられがちだが、学歴もない肉体労働者が宝くじを当ててお金が入っても上流階級とはみなされないように、経済資本のみで階級は決まらない。分析結果から明らかになったのは次の階級の存在である。

 

【現代英国の7つの階級】※カッコ内は構成比率
1.エリート(elite) 〔6%〕
2.確立した中流階級(established middle class) 〔25%〕
3.技術系中流階級(technical middle class) 〔6%〕
4.新富裕労働者(new affluent workers) 〔15%〕
5.伝統的労働者階級(traditional working class) 〔14%〕
6.新興サービス労働者(emerging service workers) 〔19%〕
7.プレカリアート(precariat) 〔15%〕


とはいえ、調査はインターネット調査であり、サンプルに偏りがあったことも指摘されている。下層のほうが調査への参加率が低いという。それは当然で、自己が下層に属すると調査で明確にされることを忌避するという心理的抵抗感もあるだろうし、単純にPCの前で調査項目に答えるのは、知的労働者ではないとなかなかしんどいという影響もあるようだ。また、地域的な偏りもあり、英国の調査ということで毛嫌いされたのか、北アイルランドの調査参加率が低いという。ここらへんのサンプリングの難しさは調査の難しいところだ。そのサンプリングのバイアスを提言させるために、追加的なインタビュー調査を実施しているが、エリート層だが、お高く留まっていないと示すために下層の人との交流があるといってみたり、従来的な労働者階級であるが教養があることを示したがったり等、アンケートだけでは明らかにならない生の声を知ることができて、非常に興味深い。また、使用人がいるカントリーハウスに住み、領地からの収入で暮らして、オペラを鑑賞して、という典型的な上流階級は瓦解していることも明らかにしている。

 

日本人は”総中流社会”の意識が強いが、英国は領地からの収入で生活できる上流階級がいて、産業革命で大量に発生した工場労働者のような労働者階級と、近代化の中で勢力を伸ばしたホワイトカラー層(弁護士、医師、学者、企業経営者等)を中心とした上流階級と労働者階級の間に位置する中流階級という構図が長らく続いていた。日本も階級社会であり江戸時代までは身分社会であり、その後も明治期に華族制度がつくられ、華族が上流階級として存在していたが、敗戦後にGHQが華族制を廃止したために、上流階級は消滅した。また財閥家も栄華を誇ったが、GHQによって解体された。そのため結果的に日本は総中流社会となった。しかし、昨今の日本でも「上級国民」という単語がメディアで取り上げられたように、明らかに社会階層は存在している。こうした社会階層の分類は心理的抵抗感もあって日本だと一般的ではないが、日本にもプレカリアート相当の社会階層は存在しており、カテゴライズしないと可視化されない。

 

社会格差を示すGINI係数でみると、OECD加盟国において英国8位(0.366)、日本は13位(0.334)だから日本も格差社会になってきてきる。 World Economic Forumによる社会流動性ランキングだと、82か国中、日本は15位(76.1)、英国は21位(74.4)である(LINK)。南米・アフリカなどの途上国に比べれば流動性(つまり下層から成り上がれるし、逆に上層からの転落もあり得る)はあるが、やはり日英ともに北欧などには流動性が低く、また数値も大差ない。英国は階層社会であるが、日本もそれに近似しているから、英国の本書のような調査は他人事ではない。

 

本書は居住地による格差や、学歴はもちろん進学する大学での格差も明らかにしている。つまり、富裕層の多く住む地域とそうではない地域との差や、社会階層毎の大学教育を受けた割合、また経済資本・文化資本のスコアが高い階層が進学する大学などは傾向がある。日本でも大学進学率は地域によってかなり格差があり、東京23区内だけみても、居住者の大卒率・所得水準は明確に色分けできる。

 

よくネットの普及で地域格差や教育格差は是正されるという人がいるが、それは誤りである。こんな楽観論はトフラーの「第三の波」やらフリードマンの「フラット化する世界」でも予見されていたが、大都市部への人口流入は止まらないし、格差拡大も止まらない。例えば名門大の授業を無料で一般公開するプロジェクトもあったが、大半の受講者は修了できない。なぜなら自宅でPCの前で長時間の授業を定期的に受講することは並大抵ではないし、試験に向けて勉強するのもかなりの労力を伴う。つまり、情報へのアクセサビリティが確保されて、実際にアクセスしたとしても、机でじっとして授業を聞いて、また試験に向けて勉強するというスキル(文化資本)がないと意味がないのだ。そもそも学歴水準が低いと、そういうプラットフォームがあることも知らないし、そういうプラットフォームがあるということを検索しようとすらしないことが問題なのだ。それに在宅勤務の拡充で分かったことは、リモートのコミュニケーションはフェイストゥフェイスのコミュニケーションは勝てないということだ。

 

明確には見えざる社会階層の影響は大きいが、多くの人は無自覚である。特に社会階層が下位の人は、下位にいるという認識も薄く、その結果、脱しようとする意欲も生じない。しかし、上位層は明確に自己の地位を把握して、自己の富を増やしてきている。富める者はますます富むという「マタイ効果」の通りであると思う。日本のNHKもこうした社会調査を行ってみたらどうだろうか。