近年は外資系ホテルのマリオット・ヒルトン・ハイアット系列などの日本参入も相次いでいるが、日本の「ホテル御三家」といえば帝国ホテル・ホテルオークラ・ホテルニューオータニである。その「ホテル御三家」に歴史的・経営的側面の切り口から迫ったのが本書である。ちなみに、”御三家”というのはもともと紀州徳川・尾張徳川・水戸徳川の「徳川御三家」が由来の用語である。
ちなみに、当方は3ホテルとも宿泊したことはなく、帝国ホテルはバイキングとアフタヌーンティー、ニューオータニは回転レストランを使用したのみで、ホテル・オークラは学生時代に某政治家の政治資金パーティーのお手伝いでいったきりである笑。
歴史でいうと「帝国ホテル」が最も古く1890年開業で、昨今話題の渋沢栄一が発起人に名を連ねている。次に歴史があるのが1962年に開業したホテルオークラで、名前は大倉財閥に由来があり、欧米偏重ではなく日本の特色を活かしたホテルとなっている。御三家の中では新参者のホテルニューオータニは1964年に東京五輪にあわせて開業し、超高層建築・回転展望レストランに特色がある。やや古い設備なども指摘されたが、最近では改装し、トリップアドバイザーの評価では外資系の高級ホテルを上回る評価を得ており、日本の「おもてなし」が評価されているという。
それにしても日本が明治維新後に欧米文化を積極的に取り入れながらホテル業を開業していった苦労などを想像すると欧米風のホテルの導入に尽力した功労者には頭が下がる。帝国ホテルも火災などの苦難を乗り越えて現在のかたちになっている。
個人的には帝国ホテルのライト館(フランク・ロイド・ライト設計)がお気に入り(フランク・ロイド・ライトは近代建築三巨匠の一人)。帝国ホテルのライト館は老朽化などもあって解体され、ロビー部分だけ愛知県犬山市の「明治村」(大正時代の建築だったが特例で)に移設されている。帝国ホテルはチャップリンなど著名人が止まったが、マリリンモンローも宿泊したことがあるそうだ。「寝るときは何を着ているのですか?」という質問に「シャネルの5番を数滴だけ」(シャネルの5番は香水のこと)というやりとりがあったのは帝国ホテルだそうだ。明治~大正期に欧米化に邁進していた日本の歴史も持つ日本を代表する名門ホテルである。ちなみに、”ブッフェ”スタイルを、”バイキング”と呼ぶのは帝国ホテル発である。
ホテルオークラは老朽化もあって建て替えられたが、その建て替えには多くの著名人が反対の意見を呈した。それだけホテルオークラのロービーは芸術性と歴史の重みがあるものだった。結局、旧ロビー自体は解体されたものの、その意匠は忠実に現在の建築にも反映されているという。もともと名前のもとになった大倉財閥の設立者の大倉喜八郎は帝国ホテルの会長であったが、戦後の財閥解体に流れで大倉家は帝国ホテルの大株主の地位を失い、その中で跡継ぎの大倉喜七郎は欧米に対抗しうる日本的なホテルオークラの創立に尽力したともいわれる。ちなみに、大倉喜七郎は幼稚舎から大学まで慶応義塾出身で、ケンブリッジ留学していており欧米文化にも造詣が深くて”ハイカラ”(ハイカルチャーの略)であり、また、男爵の爵位もあったことで「バロン・オークラ」と呼ばれていたそうだ。ちなみに、あえて「大倉ホテル」ではなく「ホテルオークラ」とカタカナにしたのは、モダンな雰囲気も出しつつ、大倉家の所有物でもないという点を強調するためだったという。オークラはそんな願いも適ってか国際展開をしており、オークラホテルはタイ・バンコク、中国・マカオなど国際展開を広げており、和製ラグジュアリーホテルブランドとして躍進してきている。
欧米化の先鋒としての帝国ホテル、男爵家の薫陶のあるホテルオークラに比べると、大谷米太郎の建てたホテルニューオータニは出自的にはランクが下がる。というのも大谷は貧しい家に生まれて相撲部屋入るが怪我などもあって引退し、飲食業から鉄鋼業に手を出して財を成してホテル業に参入したのだ。しかし、よく言えばこれは明治・大正を経て昭和初期における高度成長期に成し遂げられた「ジャパンドリーム」であるともいえる。ホテル御三家は出自は違えど、それぞれ日本のある時代の諸相を反映した歴史ある名門ホテルなのである。そんなホテルニューオータニは、1964年の東京五輪に向けてキューピッチでホテルを建設し、上層の設計図がない状態で、とりあえず下層階の建設はしてしまうという凄まじいスケジュールだったという。しかし、困難な場からイノベーションは生まれるものであり、プレハブ工法のユニットバスや高機能カーテンウォールなど斬新な建築手法によって完成した。東洋一の回転展望レストランもあったが、これは戦艦大和の主砲の技術を転用したものだそうだ。旧宮家の広大な土地を持った都心の一等地のホテルニューオータニは、独特の魅力を放っている。
ただホテル経営は順風満帆なわけではなく、やはり売り上げの低迷に悩むこともあったそうだ。しかし、様々な催し物を提案して需要を創出したり、オフィスビルを建設して収入を安定化したりして、経営を安定化させてきたという。細やかな気配りから生まれた発明や食へのこだわりなどを読むとほんとに頭が下がる。
しかし、本書でも書かれているが東京のホテル相場はとても安い。ホテル御三家でも5万円以下で泊まれたりする。しかし、欧米のラグジュアリーブランドのホテルは宿泊代金が最低約10万円もザラである。ここらへんはデフレの日本らしい逸話である。デフレの中で、最高品質のサービスを低価格で享受するのが当たり前であるが、欧米や新興国では富裕層は最高級サービス(と、そのブランド代)に高い対価を支払っている。ホテルオークラが国際展開しているが、国際的な競争に生き残れるのかは正直分からない。日本の製品やサービスは、技術面に重きを置きすぎて、実体のない「ブランド力」には滅法弱い。ここらへんの”ブランドのロゴの生み出す幻想の経済的価値”に気が付けた企業がグローバル競争に生き残れると思うが、国内市場の縮小と共に消えていく企業が多い気がしてならない。
