当方は、学部のときは法学をメインに勉強して、その他、政治学・国際関係学・経済学・社会学・統計学なども少々勉強したが、商学・経営学には明るくない。特にマーケティング関連の本はほとんど読んだことがないので、読書案内集として本書を読んでみた。ビジネス書は「世界のエリート」とか「ハーバード」「グローバル」とかのワードが好きだけど、実際、売れ行きが良いんでしょうねぇ。この著者の本(下記)は以前にも読んでいるが、読書案内としては悪くない。ただ50冊を一冊にしているのでダイジェストに過ぎないが、教養として名著のタイトルと概要ぐらいは押さえておきたいという人には良いと思う。

 

本書を読んでみると、マーケティングが上手な会社はたしかに成長しており、ダメな会社は失敗していることがよくわかる。当然景気などにも左右されるが、マーケティング下手な会社は生き残れない。

 

「星野リゾート」は順調に成長しているが、これはちゃんとした戦略がある。市場を細分化して、顧客をターゲティングした上で新ブランドを着々と展開しているからだ。ホテルに対する需要といっても、ビジネス目的の宿泊であれば立地や機能性が重視されるが、観光目的であればリラックスできるか否かが重視される。これがさらに価格帯ごとに分類できるから、ホテルマーケットは市場が細分化されており、ゆえにターゲティングが重要なのだ。「星野リゾート」は、いままでにない都市型だが観光のテンションを上げるホテルブランドを展開したりとかなりこのターゲティングが上手なのだ。さらにブランドというのは成長し、成熟し、そして衰退する。既存ブランドにこだわり続けると新奇性がなく、保有しているすべてのホテルブランドがいつか衰退期に突入してしまう。それを防ぐために様々なブランドを展開しているのだ。実際、世界最大のマリオットグループも様々なホテルブランドを保有しているが、様々なホテル需要に対応するためだ。

 

「いきなりステーキ」は怒涛の勢いで成長したが、見事に失速し倒産寸前である。これは「チェーンストア理論」で説明がつくという。その理論では、チェーン化するには、サービスの標準化、関係者の教育、ルールの改善を繰り返して例外の発生を最小化しながら徐々に店舗数を増やすことが最善とされる。この理論からすると、そもそもサービスなどが標準化されていない状態で、次々に店舗を展開して店舗を増やすのはサービスの劣化を招き顧客離れを引き起こす。最初は物珍しさで入っていた客足も、徐々に飽きていく衰退期に突入していく。ただ最近はドンキのようにストア側に大きな権限を渡すなど脱チェーンストアが指摘されているが、チェーンストア理論の終焉ではなく、チェーンストア理論の進化なのだという。

 

世界的に人気の「スターバックス」であるが、意外なことに大々的な広告は打っていないし、割引セールなども一切ない。それは口コミが最大の武器であると考えているためである。コーヒー体験を重視しているので店内に入ったときのコーヒーの香りと、美味しい一杯の提供がブランドの最大の要素なのである。実は過去に割引をしたそうだが、割引前の売り上げが下がり、割引日に顧客が増えて商品提供が遅滞したり、品切れになったりさんざんだったそうだ。それ故に体験重視のスタバは割引はもう実施しないこととしたそうだ。常に最上のものを提供するという点ではルイ・ヴィトンの戦略とも似ている。ルイ・ヴィトンは創業以来、一度も割引をしたことがないのだ。

 

ネット販売が普及すると、小売業はなかなか苦境といわれるが、スターバックスのように体験重視型は店舗販売に強い。なぜなら店舗に行かないとその体験ができないからである。従来は店舗でみてその場で購入することが主流だったが、ネット社会では店舗で商品を実際にみてみてネットで購入することが増える。ネットで購入すればレジに並ばなくても良いし、持って帰る負担もない。これから店舗スタッフはブランドアンバサダーになり、店舗で体験してもらいネットで購入するという形態が主流になるだろうし、実際、日本でも百貨店でそのような動きが出てきている。小売りは死なない。単に新しい販売形態へと脱皮しているだけなのだ。

 

日本の労働環境はクレイジーともいわれるが、日本では労働は一種の修行のようであり、ひたすらに仕事に打ち込むことがよしとされる風潮がある。これの思想的な源流は江戸初期の禅宗の僧侶 鈴木正三だという。彼は「職分仏行説」と呼ばれる職業倫理を重視し、日々の職業生活の中での信仰実践を説いた。労働を宗教的な修行と見出したのである。その思想は石田梅岩へと受け継がれ「商人道」へとつながり、さらにそれらの思想を米沢藩主の上杉鷹山が実践して藩の財政を再建したのである。日本の労働倫理は長い蓄積によるものである。最近は欧米の経営理論などが主流だが、日本のこうした労働倫理や経営倫理はいまいちど見直されてもいいと思う。それにしても労働倫理感の違いは興味深く、日本では労働を修行としてとらえるために過労になるが(ゆえに日本には安くても素晴らしい製品・サービスが多い)、キリスト教では、楽園であるエデンの園で暮らしていたのに罪を犯したから楽園から追い出されて労働せざるを得なくなったから労働は原罪ゆえの産物で忌避されるべきものである(ゆえに労働はただの金を得る手段であり、欧米だと安くて良いものはほとんどないし、安いレストランやホテルのサービスは最低水準である)。

 

まぁ、50冊も紹介されているので、興味を持った本以外はあまり記憶に残っていないが、マーケティングとはアートの要素が強い。結局、消費者は人間であり、消費者の感覚などは時代によって変わっていくので理論化が難しい。それに理論化すると容易に模倣されるので、戦略がコモディティ化してしまい有効性を失う。マーケティングツールは様々あるので、それらを適時に組み合わせていくのがマーケティング戦略なのだ。だから経営学は自然科学のような普遍性・厳密性・理論性は持ちえない。当方はコーポ―レート部門で今後も働いていくので、あまりマーケティング知識が役に立つことはないと思うが、企業側の販売戦略などを見抜く賢い消費者になるにはマーケティング知識を身に着けるのは良いと思う。