コロナで在宅勤務が増え、通勤を気にせずに住む場所を選べるようになったという言説が最近は強い。一方でたしかにオフィス需要は減退しているが、都心不動産への需要は減退していないそうだ。たしかに通勤に関係なくとも、東京都心には最先端の文化施設があり、様々な催し物があり、在宅勤務が普及したため都心に住む必要性はなくなったが、それでも都心に住む楽しみは消滅していないのだ。
マスコミはここぞとばかりに地方回帰を報道しているが、そのメディア関係者は地方移住したかといえばNOだろう。たしかに職場に徒歩でいけるほど近くある必要はないが、都心に十数分ぐらいでいける土地への需要は減退しない。レベルの高い小中高も都心にあるので子育て世帯も都心に住むメリットは大きい。本書は2016年発売であるが、東京に住むことのあれこれをまとめている。薄い新書なのでサラりと読めるが、若干薄くて物足りなさがないわけではない。
東京は「西高東低」である。池袋・新宿・渋谷という副都心は西に偏っており、吉祥寺・中目黒・恵比寿・自由が丘などの人気スポットや、東急東横線・東急田園都市線・中央線などの人気路線も西側に偏っている。なぜ西側が栄えているかといえば、東側には江戸川・隅田川があったので鉄道の延伸がしにくかったからだという。西側は早くに路線が整備され、ホワイトカラーの新中流階級が住むエリアとなった一方で、東北から集団就職してきた貧しい若者は上野に到着し、東側に住み着いた。ゆえに「西高東低」の構図が出来上がったのだ。
最近だと地方回帰の報道が多いが、それは地方自治体が人口減少に歯止めをかけようとPR合戦を繰り広げており、その多額のマネーが広告・報道業界に流れ込んでいるからだという。たしかに地方移住は増えてはいるが、大きなトレンドにはなっていないのが現実である。コロナ禍においても同様で、転入超過が緩和されたとはいえ転入超過は継続している。
それに通信技術の発達で都心に住む必要性はなくなるという予想は約40年前のトフラー「第三の波」にはじまり枚挙にいとまがないが、これまで外れ続けた。いまはコロナ禍で一時的に在宅勤務が普及しているがどの程度続くかは分からない。結局、職場でもニューメンバーのOJTをどうするのか、人間関係の構築をどうするのかなどの問題が顕在化しつつある。ゆくゆくは会社の一体性や情報セキュリティなどの問題も起きてくると思う。
それに人間の脳はface to faceのコミュニケーションに最適化されており、画面越しのコミュニケーションにはやはり若干の違和感がある。イノベーションも農村では起きない。自然に囲まれているのは快適だが、イノベーションは、人と人との予期せぬ出会いやコミュニケーション、新しい文化との接触、五感での体験によって生じるものだ。
たしかに通信技術の発達により都心に住む必要性はないが、だかといって農村に住む必要性もない。住宅コストに見合うだけのメリットがあるのであれば都心に住み続けるものだ。東京都心部にある多様な文化施設、豊富な飲食店、日夜開催されるイベントなどを楽しむために、相応の住宅費を支払うことは不合理だろうか?私はそう思わない。
本書が発売された2016年は都心六区への集中が続いていた時期であるが、たしかに通勤の必要性がなくなったのでそこまでの職住近接は不要であるがゆえに、これからは都心六区の周辺の区や東京市部、千葉埼玉神奈川のうち東京近接エリアに人口集中は分散するとは思う。コロナでたしかにホワイトカラーの住む場所は自由になったが、だからこそ純粋に街の魅力を比較して都心に住む価値が見直されてくると思う。
