スウェーデンにあるカロリンスカ研究所の医学系の研究者が運動が脳に与える影響についての本。本の表紙だけみると、内容の薄いHow to本のようだが、内容は学術的な研究をベースにしているので、科学的だ。

著者によると、運動をすれば身体的に健康になって疲労に強くなるだけではなく、ストレスが減って精神衛生も改善し、さらに認知機能が上昇しIQ・学力も高くなり、また創造性も高まり、さらには発達障害にも一定の効果があるという。「運動にこんなにたくさんの効果があるの?」という感じだが、運動の効果をさまざまなエビデンスを示してこれでもかとばかりに立証していく。もとの論文を読んでいないので、ただの相関性なのか因果関係なのか、またその他の統計的な諸問題(偽の因果、脱落変数バイアス等)に関してどの程度注意が払われているかは不明である。ただ、ここまでのエビデンスが揃っている以上、運動が脳に良い影響があるという事実を否定する方がもはや困難であろう。

最近、運動の効果を喧伝する本も多いが、医学研究の蓄積がようやく一般人にも降りてきたことによる - MRIの発明で脳を解剖せずとも観察できるようになったことは大きい。近年の科学的な研究が明らかにしたのは、人類の脳はここ数万年あまり変化していないということだ。人間の脳は、自然界で狩猟採集の生活していた時代に最適化されているのだ。農業をはじめたことで人類は定住をはじめ、さらにここ数百年で劇的に人間を取り巻く生活環境は変わったが、脳はそこまで急には変化できない。現代社会では障害とみなされる「注意欠陥障害」であるが、狩猟採集時代は狩りをしている自分自身も動物に襲われるリスクがあったので、狩りの最中に四方八方に注意を払う必要があり、そうした”注意散漫”という特性が生まれたと考えられる。狩猟採集時代は「注意欠陥障害」の人の方が生存確率は高かっただろう。

こうした医学研究の発展は、従来の通説を覆している。例えば、一定の年齢以降は脳は衰退する一方と考えられていたが、実際は老いた死の間際でも脳では細胞が生まれ変わっていることが確認されている。フロイトなどの心理学は、過去のトラウマなどから現在の心理を分析し、半世紀前に流行した優生学なども遺伝子による決定論的な主張をしたが、最近の研究が示すのは、脳は運動などによって文字通り生まれ変わることが出来るし、人間は遺伝子による制約を受けつつも主体的に自己を確立することができると分かっている。脳は思ったより柔軟であり、人間は遺伝子や過去に縛られるだけの受動的な存在ではないということが科学的に明らかになったのだ。

なお、著者は激しい運動を薦めているわけではない。週3~4日のジョギング・ウォーキング程度でも効果があるのだ。一般向けの運動の啓発書としては良い本。「要は運動しましょう」というだけなのだが、科学的なエビデンスを知りたければ本書を読んでみることをおすすめする。