「天命の城」は、清の朝鮮侵攻の「丙子の役」を描いた韓国映画である。本戦で、朝鮮王は後金の大軍を前になす術が無く、結局、「三跪九叩頭の礼」で頭を地面に9回もこすりつけて後金の皇帝に許しを乞うたのだ。こんな国辱的な歴史をよく描いたなと感心していしまう。
◆歴史背景
本作を知るのに歴史背景を知る必要性がある。朝鮮は長い歴史を通し、ずっと大国に隷従し生き延びてきた弱小国であり、その地政学的に不幸な立地にある朝鮮民族の葛藤を理解する必要がある。朝鮮はもともと漢民族の明に朝貢していたかが、「丁卯の役」により女真族(満州族)の後金と兄弟関係を結ばされる。朝鮮の儒学者では、「文禄・慶長の役」で支援してくれた明への背信行為だと批判も多かった。韓国は中華思想を受け継ぎ、中国の高貴な文化を尊び、北方の野蛮な民族は見下していたのだ。朝鮮は、当時、明は衰退傾向で、新たに勢力を伸ばしていた後金とどちらにつくのか揺れていた。そんな中、後金が朝鮮に臣下になることを迫り、丙子の役が勃発するのだ。結局、丙子の役では朝鮮王は後金の臣下になることを決断し、王は平民の服を着せられ、「三跪九叩頭の礼」で皇帝に忠誠を誓うのだった。その後、朝鮮王は自身の過ちを石碑に刻むように強要され、さらには貢女を含め朝貢品を差し出すことになるのだった。こうした後金(後の清)と朝鮮の関係は、日本が清に勝利し、下関条約で朝鮮が独立するまで続くのだった。
◆描かれ方
本映画で興味深いのは様々な描かれ方だ。朝鮮王は非常に品のあるように描かれるが、後金の軍団は野蛮に描かれている。李氏朝鮮は、中華文明を承継した「小中華」であるとの自負心があるのだ。戦の最中であるのに、朝鮮の大臣は「野蛮人に礼を教える」等と言い出すシーンは朝鮮のプライドの高さを物語っている。また、朝鮮の宮廷内でも武官を粗野に、文官の方は賢人のように描く。朝鮮では武官の地位が低かったという史実に基づいている。しかし、朝鮮では武官の地位が低かったので軍隊は非常に弱く、他国の侵攻を食い止められなかった。映画である鍛冶屋が、朝鮮の役人に、「丁卯の役」のときに王や大臣は真っ先に逃げたと批判するシーンがあるが、本作の舞台も、王が王宮からさっさと逃げたので、都ではなく山の小さな城である。軍隊が弱かったので戦のたびに朝鮮王は逃げ回っていたのだ。
また、後金側に朝鮮人の兵士がおり、朝鮮の大臣が「あなたは朝鮮人ではないのか」と聞くと、「私は朝鮮では人間以下の奴婢だった、もはや朝鮮人ではない」と言い放つ。朝鮮は儒教文化よろしく下位の者は虐げられ、国の内部は複雑だった。極めつけは、後金に徹底抗戦するべきか、服従すべきかという議論を大臣たちがしているのだが、一致団結するどころが、あいつを処刑しろ、あいつが悪いなどと足の引っ張り合いをしている。こうした出来事は朝鮮ではよくあったらしく、国の一大事が起きると内部で論争が起きて足の引っ張り合いが起きて自滅していくのだ。どのシーンも、よく朝鮮の歴史・文化などを踏まえて描かれていると思われる。
◆感想
映画の出来は素晴らしい。役者の演技も見事で、映像の色彩、映画音楽、また全体を貫徹する静謐な雰囲気などはどれも上質だ。韓国映画にハズレなし。ちなみに、音楽は坂本龍一が担当している。小国である朝鮮の悲哀を描いた傑作だ。朝鮮の不遇な歴史を垣間見える力作だ。
