良い本とは聞いていたが、2分冊で忌避していたが、カナダに来て時間があるので、ようやく読了。ホモサピエンスという種の長大な歴史を、生物学・考古学・歴史学・政治学などの多様な知見から描き出す。著者の博識ぶりには頭が下がる。本書を読めば「人類の歴史」を読み解くにも、リベラルアーツがいかに重要なのか分かる。これは人類史、現代社会を考える上で、必読の一冊だ。特に上巻は見事で、様々な発見があった。なぜホモサピエンスというサバンナにおいて取るに足らない存在が、地球を支配するまでに繁栄することになったのか?その問いに「認知革命・農業革命・科学革命」の3つの革命という観点から説明していく。

 

最も興味惹かれた革命は「認知革命」だ - この箇所を呼んで「目から鱗」が落ちた。当たり前のように、私たちはお金を使い、法律に従うが、なぜだろうか。それは我々が虚構を共有し、架空の事柄について語りえるからだ。お金には価値がある、みんながそう信じるからこそ価値がある。逆に言えば、価値があるかどうかというのも虚構に過ぎない - レコンキスタがアメリカ大陸に到着した当時、インカ帝国の人々は、異国の人々がなぜ柔らか過ぎて武器にも仕えない「金」という金属に異常に興味を示すのか分からなかったという。自動車メーカーの「トヨタ」は法人格を持つが、物理的な実態はなく、皆がトヨタという会社の虚構を信じることで、存在している。近代になり”国民国家”という政治的な物語が、各国で受容され(一部で悲惨な内戦も引き起こしたが)、みんながそうした物語を共有する能力がなければ、そうしたムーブメントも起きえなかった。また、歴史がある時点までは生物学的な視点から読み解くのに、ある時点以降は、人類が構築してきた政治・宗教・経済など”虚構”に関する学問に置き換わるのは、この認知革命に起因するのだ - 経済・宗教・政治などの本質は、ホモサピエンスが共通して有している「虚構」の分析に他ならない。こうしたホモサピエンスの認知能力が、巨大な集団でも協力を可能にし、秩序を保つのだ。この協力の力で、か弱い人類は勢力を増し、数多の種を絶滅に追いやってきた。

 

言われてみれば、現代社会にある「差別」などの社会問題も全て虚構から生じる。ある特定の社会集団・宗教・人種・に対するステレオタイプというのも、皆が虚構を共通して保有することで生じている。ルワンダ虐殺は、ツチ族・フツ族の民族対立により生じたが、元をたどれば、もともとこれはベルギーが植民地化する中で、人種差別観を持ち込み、ツチ族が優れているという虚構をつくりあげたことに起因する。ナチスはアーリア人の至高性を主張し、科学的なこじつけを行い、一方でユダヤ人の有害性を宣伝したが、これも虚構に過ぎない - 科学というと普遍性がありそうだが、当時は科学も虚構を正当化する手段に堕し、虚構に隷従していた。そうだとすれば、差別などに抗する手段は、この虚構の欺瞞を暴き、別の虚構を広めることだ。

 

著者はなぜ多くの社会で家父長制なのか、男性優位なのかと疑問を呈しているが、たしかに言われてみれば不思議だ。筋力・攻撃性などから説明しようとするが、どれも説明力がないという。歴史をみれば、聖職・政治家など非力な仕事を男性が行い、畑仕事・家事という肉体労働は女性が行い、非力な貴族が野蛮な兵士集団を指揮し、屈強な黒人奴隷は非力な白人に隷従を強いられた。筋力・攻撃性は権力に比例しないのだから、女性が権力を有していてもおかしくなかったはずだし、実際に女性の為政者もいた。他の生物では家母長制も多く、ホモサピエンスにおいてのみ家父長制となる合理的な理由は見当たらないという。生物学的根拠がなく、たまたま成立した神話に基づき家父長制となっているとすれば、その普遍性と永続性はあるのだろうか。生物学的な性別は不変だが、虚構に基づく文化・社会的な性別は時代によって変化していくので、我々は戸惑ってしまう。しかし、文化・社会的な制度・観念など、根拠のないただの虚構だと皆が気がつけば、より柔軟に変化に対応できるのではないだろうか。

 

著者によれば、人類は統一に向かっているという。少し前まで、世界の秩序は各地域ごとにバラバラだったが、現在では西洋で生まれた”資本主義システム”と”近代国家システム”に飲み込まれている。各国はグローバルな世論にさらされ、国際法の基準に従うことが求められる。帝国はローマ帝国、イスラム帝国などにみられるように長らく一般的な統治システムだったが、それは各地域の帝国に過ぎなかった。しかし、現在ではグローバルな帝国が地球を統一しつつあるといい、これは人類史において初めて出来事である。

 

著者は、農業革命に対してネガティブな見方をしており、特に家畜の扱いについては強い嫌悪感を持っているようだ - 著者はヴィーガンだらしい。個人的にはたしかに家畜の非道な扱いは一考しなければならないが、激増する世界人口を支えるには幾分の非道も致し方が無いように思う。

 

著者は本著でこれまでの人類の歴史を明らかにしたが、次作「ホモ・デウス」では、こちらでは人類が向かう先について論述している。そちらはまだ読んでいないが、時間があればトライしたい。それにしても、今後、マクロ的に人類の長大な歴史を考える上では、ジャレド・ダイヤモンド「銃・病原菌・鉄」に並んで本書は必読書だろう。