バンコクの街の風景は下の写真のとおり高層ビルも結構多い。ちなみに、バンコクの最高層ビルは314mで、日本の最高層ビルのアベノハルカス(300m)より高い。ちなみに、この写真は宿泊した「プルマンバンコクG」の部屋から撮影。プルマンは、ホテル業界で世界売上高で第4位のアホーホテルズの上級ブランド。アコーグループのホテルは初めて泊まったが、朝食も美味しいし、欧米人向けでとても洒落ていて、スタッフも親切。市街地へのアクセスも悪くない。何より眺めが良い。
タイはニューハーフが多いが、LGBTQどころか、タイには18もの性自認があるという。タイがここまでLGBTに寛容なのは諸説ある。欧米の支配を受けていないので、西洋的な男・女を厳格に分ける文化が根付かなかった(そもそも性別が男・女しかないという発想も1つの考え方に過ぎない)。また仏教では体はただの”現世の借り物”に過ぎないので、たまたま魂と体が不一致だったということが受け入れられやすいのだという。街中でもニューハーフと思われる人をよくみかけた。写真はカリプソのニューハーフショー(撮影許可あり)。カリプソのショーは規模が大きく、カップルや家族連れも多かった。ただ基本的に口パク。次のムエタイショーと同じく、「アジアティーク」という観光施設にある。
こちらの写真はワットポーという寺院。立ち並ぶ仏塔が美しい。ワットポーには46mもある黄金の大仏様がいらっしゃる。ワットポーは宮廷医師らが構築したマッサージが有名で、敷地内でマッサージが受けられる。街歩きして疲れた足を癒してくれる。隣接する王宮敷地内にあるワットプラケオを観たかったが、国王様が来ているらしく、観れなかった。周囲は軍隊も出動して厳戒態勢だった。
ワットプラケオは諦めて、ワットポーから船に乗って移動するとあるのが、三島由紀夫の「暁の寺」の舞台にもなっているワットアルン。チャオプラヤ川に佇む。長らく改装中だったが、改装完了していた。亜白の仏塔で華麗で美しい。ただ以前は登れた仏塔の最上部には登れなくなっていた。ワットポーに比較するとこじんまりとしている。
カオサンロードからちょっと外れた路地。途上国だと物売りがすごいが、タイは全然そんなことない。こちらの通りは安宿が多く、欧米人だらけである。
スクンビット駅周辺にあるソイカウボーイ。ゴーゴーバーという男性向けの店が多いが、生バンドをやっているバーもあり、飲み屋街という感じ。ここも昔はいかがわしいイメージだったらしいが、カップルや女性の旅行客も訪れる観光地になっている。イメージ的にはとても小さな歌舞伎町。通りの入り口に警察がいるが暇そうにしている。治安は良好である。
結構、時間があったのでバスで1時間ちょっとのアユタヤにも行ってきた。アユタヤは世界遺産で、1351~1767年までアユタヤ王朝の首都であったが、ビルマに滅ぼされた。ビルマ軍はアユタヤを破壊し尽くしたが、その際に仏像の頭を落した。その時、放置された仏像の頭は長い年月の間に菩提樹に取り込まれ、アユタヤの主要な観光地になっている。このアユタヤをビルマから奪還したのはトンブリー王朝である、その国王が乱心したことでラーマ1世がその国王を処刑し、ラタナコーシン王朝を興し、現在まで続いている。現国王はラーマ10世である。
いまではビルマ(現ミャンマー)とタイであれば、圧倒的にタイのほうが経済力があるが、かつてビルマは大国だった。タイ・ベトナム・ミャンマー・ラオスは、いくつも王朝が興っては滅びていった戦乱の土地である。明暗を分けたのは、タイのラーマ5世の近代化政策だった(映画「アンナと王様」の王様はこのラーマ5世のこと)。奴隷を解放し、国名を「シャム」から、自由を意味する「タイ」に改名した。日本と同じくあえて不平等条約を結び国の独立を保ちつつ、官僚制度導入して行政の効率化をはかり、議会制の素地を整備した名君だった。プミポン前国王もその威徳で国をまとめていた。現国王は素行が悪いと言われるが、タイが今後どうなるかは不透明である。
かつて大国だったカンボジアはポルポトが原始共産主義という空想的な野望のために国民の3分の1~4分の1を大量虐殺し、国土は挽歌に満ちた。ミャンマーは軍事独裁で国民の意見が反映されず社会は鬱屈し、社会主義によって経済は著しく停滞した。タイと周辺国との比較は国の繁栄をみるうえで良い視点を与えてくれる。
タイ人は国民性が優しい。また食事も美味しい。バンコクは大都会で、アジアっぽい喧噪もあるが、洗練されたエリアもある魅力的な都市である。タイはASEANの優等生で順調に経済成長しているので、今後も有望な国だろうという印象をもった。
やはり社会人だとなかなか日数がとれないので海外旅行はアジアが中心になりやすい。韓国・中国(北京)・シンガポール・ベトナム・カンボジアあたりは数年内に制覇したいところ。














