年末年始に読み返した本に「ユダヤ人とクラシック音楽」という本がある。まだ書評を書いていなかったので、この際に書くことにした。ユダヤ人の音楽家は非常に多い。作曲家のメンデルスゾーン、シェーンベルク、ガーシュイン、ピアニストのギレリス、ホロヴィッツ、アシュケナージ、指揮者のバーンスタイン、ワルター等、挙げ始めたらきりがない。ユダヤ人とクラシック音楽は切っても切り離せない関係にある。本書はユダヤ人の成り立ちにはじまり、ユダヤ人とクラシック音楽との関係性を平易な言葉でまとめている。特に本書で興味深いのが、日本におけるユダヤ人音楽家の活躍をまとめている点である。
アジアの極東にユダヤ人音楽家がいたの?と思うかもしれないが、日本政府は西洋化の一環として西洋音楽を受容を進めており(プル要因)、一方で、ヨーロッパではユダヤ人排斥が起きており(プッシュ要因)、日本には多くのユダヤ人音楽家が来日していた。NHK交響楽団の前身の新交響楽団では著名な指揮者のローゼンシュトックが常任指揮者を務めていた。ちなみに、彼の通訳を行っていた齋藤秀雄は後の桐朋音楽大に発展する音楽教室の設立者の一人である - こちらの音楽教室は中村紘子や小澤征爾を輩出している。ベルリンフィルのコンサートマスターを歴任したユンケルも日本で指揮をしていたというから驚かされる。戦後日本ピアノ界の重鎮でショパンコンクール審査員まで務めた園田高弘はユダヤ人ピアニストのレオ・シロタの弟子である(ちなみに、レオ・シロタの娘のベアテはGHQで日本国憲法の起案に携わった一人である:黒田睦子・藤田晴子等も彼に師事していた)。日本人で初めてロンティボーやショパンコンクールに入賞した田中希代子もユダヤ人のピアニストのクロイツァーに師事しており、他にもクロイツァーの弟子にはフジコ・ヘミングもいる。というように、日本のまだクラシック音楽のレベルを底上げしたのはユダヤ人音楽家いっても過言ではないほどにユダヤ人音楽家の活躍がみてとれる。しかし、世界大戦等を経て、多くのユダヤ人音楽家は米国に渡ってしまったのである。
ちなみに、ユダヤ人絶滅政策を行ったのはヒトラーであるが、彼が好んだ作曲家を知っているだろうか。その名もワーグナーである。彼はユダヤ人嫌いで有名で、「音楽におけるユダヤ性」という本で、ユダヤ人音楽家のメンデルスゾーンやマイアベーアを徹底的に批判しているが、ユダヤ人の絶滅についても触れている。強制収容所ではワーグナーの音楽にのせてユダヤ人がガス室に送られていたというが、それはユダヤ人収容者によって演奏されていたという。こうしたこともあり、イスラエルではワーグナーの曲の演奏はできない。
ユダヤ人になぜ音楽家が多いのだろうか。本書は書いていないが、音楽家の社会的な地位は18~19世紀において低く(かの有名なF.リストが音楽家の地位に関して論文を書いているほどである)、ユダヤ人でもなることが出来た職業の1つであることが挙げられよう。また、近代になって盛んになった金融業・法曹界・医療界におけるユダヤ人の活躍は、芸術家の庇護を可能とし、ユダヤ人と芸術は密接に関係していったのであろう。またロマン派音楽以降、作曲家や演奏家の精神性をも試されるようになった。ユダヤ人の、社会的に迫害されることで強いられる内省と専心、また神との対話で育まれる自己実現、神に選ばれた民族という自負心が、ロマン派以降の音楽表現において有利に働いたとは考えられないだろうか。
ちなみに、本書ではアルゲリッチはユダヤ系ではないと書いているが、どうやら誤りのようである。アルゲリッチのドキュメンタリー映画を観た際、アルゲリッチの母親はヨーロッパを逃れアルゼンチンに移住したユダヤ人というのである。ユダヤの血は母親から引き継がれるというから、アルゲリッチもユダヤ人といえよう。
ユダヤ人とクラシック音楽との関係性を書いた本は珍しい。非常に平易なので、ぜひ興味があれば一読をおすすめする。

