音楽教育が普及したためアマチュアまで含めればピアニストは凄まじい数がいる。この本は、有名どころのピアニストの定番の名盤を50人分紹介している。コルトーやルービンシュタインの巨匠から、ユンディ・リ―のような若手、ファジル・サイのような奇才まで網羅している。ただ50人も紹介しているので、いかんせん一人一人の説明が薄くて常識的なところが残念。あと、まえがきでユダヤ人ピアニストの話をしているが、その後の本の内容との整合性が悪い。ただ、数多いるピアニストの中でも有名どころを知るのに用いる導入本としては良作。
個人的に好きなピアニストはまずはルイサダ。一度コンサートにも行ったが、本当にフレンチ・ピアニストらしい演奏が特徴(出身はチュニジアだけど)。本当に弱音が美しく、テンポ・ルバートも絶妙で、本当に洗練されいてお洒落。演奏の節々から本当に古き良きフランスの演奏文化が醸し出されている。というのも、ピアノ練習は3~4時間にして、あとは絵画や文学を学びなさい、という彼の教養に裏打ちされているように思われる。様々な芸術を学んで磨かれた感性ではないと、あそこまで洗練された演奏はできまい。こうした一方、アルゲリッチのような自由奔放な演奏も好きだし、内田光子のように、深淵なるシューベルトを極めた後、ベートーヴェンを何をおいても弾きたいという、音楽家の境地に達したピアニストも好き。フジコ・ヘミングのような技巧はさほどでも、苦難の人生を歩んだかからこその儚さを持ち合わせた稀有なピアニストも素晴らしい。他に好きなピアニストを挙げればファジル・サイやダニエルバレンボイム、若手だとラファウ・ブレハッチ。いまいちこれらのピアニストの共通項は自覚していない。
不思議なもので、同じ曲を弾いていても、どうしてもリヒテルやギレリス、アシュケナージなどのロシアのピアニストは私は好きになれない;もちろん、彼らの演奏は見事で圧倒されるが。というのも、ソ連は文化水準の高さを示すために音楽家の育成をしていたので、そうしたソ連出身のピアニストの演奏は強靭なテクニックと大袈裟なロマンチズムで聴衆を圧倒することを意図したように聴こえて、好きになれない。興味深いのは、政治思想的にも私は社会主義みたいな中央集権制は好まないところである。ヒトラーはワーグナーが好きだった。その理由として岡田暁生は、各々の楽器が自立性を喪失し、様々な楽器が重層的に重なり生じる「響き」に埋没する感覚が、ヒトラーのような全体主義者に好まれたのではないかという(全体主義は個人が没個性的に全体の秩序に埋没することであるから感覚的には似ている)。政治意識と、音楽的な感性とは何らかの相関性があるのかもしれない。だとすれば、私のようにリバタリアニズムに親和的な人間が、社会主義下で育った音楽家を好きになれないのも合点がいく。個人的には音楽そのものより、音楽と心理、音楽と社会の方に関心がある。後者はそこそこ本を読んだので、前者にも手を出そうかな。

