ウェブは資本主義を超える/日経BP社

著名ブロガーにして経済評論家の池田信夫氏のブログ記事をまとめた本。東京大卒でNHK元職員、NHK退職後に慶應SFCの修士・博士を修了(学術博士)、現在は大学教員や執筆活動を行っている。ブログ記事を再編集したものなので、テーマも多岐にわたる。最後に書評もついている。


本書で興味深いのは、「知識の分散」という指摘である。Wikipediaは、文字通り誰でも編集可能である。ただアカウントがないとIPアドレスが公開される。私も暇な時に既存の記事の編集をしているし、新しいページもいくつかつくった。当初は博士号取得者にしか記事を書かせず、さらにはアップするのに何度もチェックしたので3年で24項目しか増えなかったという。しかし、匿名で誰でも編集可能にすると最初1年で2万近いページが誕生した。もちろん、間違いの記述もあるが、ネイチャーの調査によると、科学的記述の正しさはブリタニカと遜色なかったという。というのも、誰でも編集可能なので、間違いの記述は事後的に淘汰されていく(私も英語のページを以前少し編集したら、「論拠がないソースを示せ」と記述が消去されたことがある;もちろん、すぐに論拠となるURLを載せたので元に戻った)。Wikipediaは世界最大の百科事典「ブリタニカ」の100倍の項目が用意されている。各人が持つ情報量は少なくとも、万人の持つ少しの情報が統合され、ついには世界で最も充実したデータベースになったのである。




こうした「分散した知識」の概念を最初に提唱したのはF.ハイエクである。ハイエクは、市場は分散した知識を分散したまま用いることができることに価値があると指摘したが、彼はレッセフェールを主張したわけではない。自由な市場において、いかにルールを構築するのかについて考え、「自生的秩序」(伝統の中から自然と生じてくるルールのこと、人為的に決められた目的に人々を服従させる法に対置する概念)を主張した。社会主義のように中央集権的国家の場合、知識は官僚などに集約される。社会構造が単純な場合、社会的目的を人為的に設定して達成することが可能だが、現代社会のように肥大化し、複雑化した社会経済構造では目的設定がそもそも不可能の上に、社会に分散する情報や知識を集約することが出来ないため、社会の実情に沿わない不可解な政策が実行されてしまう。社会主義が失敗した理由はここにあるという。統一的な社会の目的を持たない自生的な秩序であるからこそ、資本主義は変化に柔軟に対応し発展してきたのだ。池田氏はネットにこの「自生的秩序」をみる。ネットは統一的な目的を持たないが、今やネット環境無しでは我々の生活は成り立たないほどに普及した。もちろん、問題も発生もあるが、英米法的なコモンローによって対処していくのが、望ましいのではないかという。