西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)/中央公論新社

「西洋音楽史」を読み返した。本当に西洋音楽史の名著。



西洋音楽は理論的に構築されており、バッハの対位法を駆使した秩序だった音楽やシェーンベルクの12音音楽のような音楽に数理的な印象を持つ人は多い。なぜだろう?これは古代ギリシャに水脈があるという。ピタゴラスは世界には数学的秩序があると考えていた。彼は弦の長さを半分にすると1オクターブ高い音が出るという法則を発見しており、音にも数学的な秩序を見出していた。数学秩序はキリスト教の台頭によって、神の秩序に読み替えられるようになる。つまり古代ギリシャから中世において、音楽とは、数学的秩序や神の秩序の感覚的なあらわれであったのである。中世までの音楽に、娯楽的要素は観念できない。こうした数理的発想が西洋音楽に通底しているという。こうした音楽観が転換するのはルネサンス期である。商人層が台頭したことで現世肯定的な考えが強まったからだという。



1600年頃からバロック音楽が始まる。教会と貴族のお抱え音楽家が活躍し、バッハは宗教音楽を多く作曲し、ヘンデルやヴィバルディ、テレマンなどは宮廷に仕え華美な曲を作曲した。バッハが亡くなる1750年頃にバロック音楽の時代は幕を閉じ、古典派が幕を開ける。この頃になると、王の権威から理性によって解放された個人が誕生し、産業の発展によって市民階級が台頭した。古典派の特徴といえば、対位法という作曲技法を放棄したことである。対位法を用いた曲は、「神がつくった音の秩序による小宇宙」とも表現されるが、こうした対位法の曲において、個々の旋律は全体の秩序に拘束、規定されるに過ぎない。個人が王や神という上位秩序から解放された時代に、自由な旋律で作曲できるようになり、個人の意思や情感が主役となる音楽が誕生したのは偶然ではない。さらに興味深いのは、古典派で確立したソナタ形式である。岡田氏は、ソナタ形式に弁論の精神をみる。ソナタ形式では二つの主題が提示され、それらが対立し、そして和解するように展開する。このような音による議論のような形式は、啓蒙の時代だからこそ誕生したのだ。そして、コーダに向かって高揚していく音楽はベートーベンからであり、これは当時の進歩史観の影響だという。



ベートーベンは古典派を集大成させ、ロマン派音楽に先鞭をつけたが、彼の死をもって古典派は幕を閉じる。次に登場するのが、ロマン派。産業の発展で豊かになったことで音楽を楽しむ層が一層拡大し、さらに技術力向上で音楽の性能も発達し、科学が台頭し宗教が弱体化した時代である。上流階級の子女のためのサロン音楽が増加する。甘ったるく夢見心地の曲調、過剰装飾された旋律、さらにそれを増幅させるペダリングが特徴である。ピアノの性能は当時向上し、F.リストのような大音量の超絶技巧にも耐えうるものとなったため、著しくピアノの技巧が発達た。そして、それをマスターするための練習曲も激増する。興味深いのは、ロマン派音楽とは、「神が死んだ」時代、科学的な実証主義によって超越的なものが姿を消していく無味乾燥な時代に生まれたという点である。啓蒙主義は、合理主義、科学主義を後押ししたが、その反動として生じたのが夢想的なロマン派音楽だったのである。マーラーが音楽に神の顕現を求めたのは、こうした時代背景ゆえである。



こうしたロマン派の流れが崩れるのは世界大戦直前である。音楽の調性が破壊され、拍子の一定性も放棄され、さらには楽器や人の声以外の様々なものが演奏に用いられるようになる。第一次世界大戦後に登場した作曲家はロマン派を嫌悪し、1920年代にロマン派音楽の歴史は幕を閉じる。新たに登場した音楽は、機械的なリズム、乾いた響き、辛辣な嘲りだった。一方で、キャバレーなど実用的な音楽への傾倒である。前衛と、世俗的な音楽の台頭は矛盾するようだが、戦争によって現実を直視することを強いられたことで、時代背景を反映した現実的な音楽と、現実を忘れたいという欲求から過度に娯楽的な音楽が並行して発達したのだろう。また、フロイトが「無意識」を発見したのもこの頃だった。意識の下にある、ほの暗い何か、前衛音楽にそれを見出すことは出来ないだろうか(紫色の文はブログ主の私見)。第二次世界大戦前後には前衛作曲家が登場し始める。最も特徴的なのはJ.ケージであろう。偶然に任せる実験的音楽を提示し、隅々まで音を管理しつつ前衛的な作曲を行う主知主義的な欧州作曲家には衝撃的だった。もはやこの時期になると、富裕層のパトロンに保護され、一部の知的エリートが主導し発達してきた西洋音楽は終焉し、サブカル化しているという。また、前衛音楽が鑑賞者を置き去りにした結果、鑑賞者の関心は「巨匠の演奏家が何をどのように演奏するのか」に移行したという。そして、アングロサクソン的な「ポピュラー音楽」の台頭である。和声法や人を感動させる音楽という美学などはそっくり西洋音楽の系譜の後継に位置するという。



現在、音楽は市場原理に飲み込まれているが、しかし、諸芸術の中で音楽だけが持つ宗教的なオーラはまだ喪失していない。宗教的カタルシスの代用としての音楽によるカタルシス。そこに現代人の精神的な病理が見え隠れしているのではないかという。



本当に素晴らしい一冊...。