とても興味深い一冊。交通機関の発達、情報通信技術の発達によって、世界は1つに結ばれた。それゆえ今度、世界はフラット化すると言われていた。しかし、現実はどうだろう?都市への人口集中は止まらず、富も大都市部へと集中している。
都市は多くの機械を提供し、都市文化が栄え様々な刺激に満ちている。一方でスラムが出来たり、都市型犯罪、狭い住居などの問題がある。こうした都市の問題に対して、「人間は自然の中で生きるべきだ」とする考えが登場するのも当然と言えよう。しかし、本書は「都市の勝利」を高らかに宣言する。
自然で暮らすべきだという人だと、アメリカのデヴィッド・ソローがいる。しかし、彼は森林で暮らすうちに焚火を延焼させ森を焼いてしまったことがある。都市のマンションを嫌う人は自然を求めて郊外へ進出するが、都市開発のスプロール化のせいで自然が破壊される。自然を愛するのはいいが自然で暮らす人が増えるほど、人間は自然を破壊してしまうのだ。高密な都市は嫌だという人がいるが、社会を動かしてきたイノベーションはほとんどが都市で考え出されたものである。様々な人が暮らす都市における相互作用の結果イノベーションが育まれるのである。都市の住居は狭いがそれだけ消費エネルギーが少なくて済み、環境への負荷が少ない。多くの人をコンパクトに都市に収容することが最もエコでもあるのだ。都市のスラムは最悪だと言われる。しかし、本書によれば、農村の貧困よりはマシなのだそうだ。イギリスの産業革命当時の都市労働者の悲惨さはよく指摘されるが、農村の方がマシな生活であれば農村にさっさと帰ればいい。なぜ帰らなかったかといえば、都市労働の方が給与が高かったからだ。農村の貧困は都市の貧困よりも最悪なのだ。もちろん、本書は楽観的に都市を称賛しているわけではない。ゴミ、社会インフラ、教育など都市が取り組んできた問題にも焦点を当てている。
著者は重要なのは多様性であり、そのために必要なのは「都市の高層化」だという。高層化することで住宅価格は下がり、多様な人が生活できるようになる。結果、都市はイノベーションを育み、社会を発展させるのである。
日本では都市の税収が地方にばらまかれ効率的な社会発展を阻害している。東京・大阪などの大都市が都市間競争に敗れれば国全体が貧しくなる。日本の社会主義的システムは終焉を迎えている。安倍首相は経団連に賃上げ要求しているが、一体どこの社会主義国家なのか。自民党の一部保守派議員は、農村へのノスタルジーを捨てきれず、「徴農」(ニートに農業従事させる)などと妄言を主張しているが、ポルポトの農村強制移住がもたらした経済停滞の悲劇を繰り返す気だろうか。公共事業と称して地方へのバラマキをするのではなく、都市のインフラ整備を進めるべきだ。今後、人口が減少するのだ。淘汰される市町村が出てくるのは仕方がない不可避的現象だ。いつまでも夢を見ていないで現実に沿った政策を考えていく必要がある。日本の都市政策を考える上でも貴重な一冊。
P.S
訳者あとがきで大学についての指摘があるが、興味深い。大学を全国バラバラに設置してもイノベーションは生まれない。実際、新しいビジネスは大都市に立地する大学が生み出している。特に多額の税金を浪費している田舎の国立大は「選択と集中」によって再編が必要ではないか。

