「大学の数は多すぎか」かについての記事が産経の金曜討論のコーナーに載っている。

※リンク:大学の数は多すぎるか (産経新聞2012.1.4)

ちなみに、産経のアンケートだと大学の数が多すぎると答えた人が92%、大学新設に歯止めをかけるべきという意見が74%。

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●質高めないと意味ない(野原明氏・京大経卒・元NHK職員・現在高校校長)
・私立大は4割赤字経営。このままでは大学はやっていけなくなる。
・問題は教育の中身。教育レベルの低い大学が増えても意味がない。
・大学を階層ごとに分けて考えるべき。研究を目指す大学と就職を目指させる大学では教育向上のさせ方は違う。各階層に応じた支援策を行うべき。
・大学設置の際にその大学の必然性まで考えるべき。
・昔の高卒以下の学力の生徒が増えている。専門学校などを増やすべきでは。


●むしろ増やして競争を(原田泰・東大・経済企画庁等を経て早大政経院教授)
・数減らしは愚策。大学の数と教育の質は別問題。大学を減らせば学力は高くなるが、それは入学時点での学力であり教育の質とは無関係。
・多すぎるというがアメリカには3000の大学がある。各大学が様々な教育を提供し、国民全体の教育水準向上に寄与している。
・OECD加盟国の大学進学率59%だが、日本は51%。韓国は71%であり、先進国では低い部類。
・大学間で競争する状態が望ましい。大学設置基準厳格化ではなくむしろ設置を自由化すべき。
・大学が倒産しても学生の移動の流動化を促進すればよい。
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 私は原田氏の意見に賛成。野原氏の意見は説得力がない。私立大が4割赤字経営だからなんなのか。受験生のニーズに合わない教育をしているから定員割れして赤字経営になるわけで、そうした大学は淘汰されるべきだ。いちいち国が参入規制を行って経営状況を改善すべき問題ではない。例えば、ラーメン屋は数が多いので数年で潰れるところが多いが、ラーメン屋の新規設置を国が規制しラーメン屋が潰れないようにしてあげようという議論にはならないだろう。それと同じ理屈だ。こうした参入規制は既存の大学の権益温存という点では良いが、競争がなくなることで大学全体の質を落とす。質の向上には競争が不可欠だ。また野原氏は大学の階層を指摘しているが、国が大学を階層化して、各階層ごとに支援策を練るなど、現在の高等教育の多様性からして不可能である。 それに私立大はその独自の教育理念に社会的意義があり、国が口を出すべきではない。
野原氏のこうした意見は行政が万能であるとの前提に基づくが、残念なことに行政は万能ではな国は実績に応じた研究費の配分などに徹して、各大学の教育の自立性を重視すべきだ。ダメな教育をしている大学が増えるという懸念もあるが、受験生が受験を避けるので自然と淘汰されるので問題な。野原氏は大学設置の際に大学の必要性まで検討すべきなどといっているが、単に官僚の裁量の余地を増やすだけだ。どの大学が必然性があるのかは国が決めるべきことではない。受験生の自由な選択に委ねるべきだ。
 そもそもこうした多すぎるか否かという議論は不毛だ。大学の適正数は需要と供給の交点で決まる。あらかじめその数を算出するなど不可能である。大学の設置基準は厳格化するのではなく、自由化すべきだ。大学市場への参入・退場を容易にすることで大学の数は適正値に保たれる。実際、韓国では進学率は7割程度にまで下落している。進学するか否かは受験生が決めることで政府があらかじめ数を絞り込むのは大学の過不足を生じさせる可能性があるため不合理だ。
 大学教育はいまだに規制が多い。教育を自由化することで様々な教育サービスが供給され社会全体の知的水準を押し上げる。必要なのは規制緩和で大学の新規参入を制限して既得権益を保護することではない。