「僕たちは世界を変えることができない」という映画が最近話題だ。実話で、大学生が資金を集めてカンボジアに学校を建設するという話らしい。私はまだ映画をみていないのが、発展途上国に学校建設するというのは、意外に様々な問題があるようだ。

まず、学校の建物だけ建設しても意味がない。発展途上国は教師の数も少なく、絶対的に教科書も不足しているからだ。また、治安の問題もあり、テロ組織が学校の子供を拉致したりというケースもある。加えて、子供が労働力とみなされている発展途上国では、親が子供を学校に通わせないという話はよくある。学校の建物だけ建てて、満足してはいけないのである。実際、「行列のできる法律相談所」が、チャリティー企画でカンボジアに小学校を建設したが、その後はほとんど活用されず、井戸などは壊れ20kmまで先に水をくみにいく状態だそうだ。食料供給も滞っているらしい。援助したハーモニカは、生活費のために、親が売ってしまうケースも続出したそうだ(医薬品・学用品の方が役に立っただろうに:先進国目線の援助は考え直すべきだろう)。

教育は重要という点には異論がないだろう。発展途上国に学校を建てようというのも、もっともな意見だ。しかし、実際には様々な問題が山積していることを忘れてはいけない。学校さえ建てれば状態が改善するだろうという希望は、しょせんは壁にかいた餅に過ぎない。学校の建物もインフラ整備、教員確保などの政策を複合的に行わなければ有効な政策にはなりえない。また学校運営が健全に行われるように第三者機関がチェックしなければならない。

途上国の状態を改善しようという動きは海外では昔からあり、開発経済学や公衆衛生学、平和学などの学問分野も成長してきている。最近になりやっと日本でも周知されるようになってきたとこだ(上記の映画がそれの手助けになるのなら望ましい)。他にも紛争回避のために国際政治学的なアプローチは必要だろうし、市民社会の育成という点では政治学、法秩序の浸透という点では法律学が必要だ。国家発展には様々な分野からのアプローチが必要なのである。これらがうまく連携しあって、有効な政策が可能なのである。そうした開発援助を率先的に行なっているのが、国連の諸機関である。国連の尽力により途上国の状態は徐々にではあるが改善の傾向にあると言ってもいいだろう。

たしかに国連のような大きな政策は民間ではできない。しかし、民間レベルでできることもある。ただ、民間レベルでは限界もある。ボランティアをする際は、一体何が民間に出来て、何ができないのか考える必要があだろう。難民問題、飢餓の問題、衛生上の問題、少年兵の問題、女性割礼の問題、途上国に存在する問題は数多いが、日本ではほとんどメディアでは報道されない。ネットという情報ツールが一般化したが、我々は何をネットで検索しているのだろう?情報が氾濫する中で、我々は多くの情報を手にしたと思っているかもしれないが、実際には都合の良い情報しか見ていない人がほとんど。たまには、自分の興味外にも目を向けてみることは大切かもしれない。先進国の日本から目を途上国へ向けてみると、違う世界が立ち現れるだろう。

ちなみに、2011年10月1日~9日まで、東京を中心に「第5回UNHCR難民映画祭」が開催されています(基本的に無料ですが、募金を募っているそうです)。東京を中心に開催していますが、北海道・福岡でも一部映画が上映されるようです。土日にちょっと普段はみない映画を観てみるのも良いかもしれませんね。難民受け入れに極めて消極的な日本。日本の国際社会における役割を考えてみるのも有益かもしれません。
・公式HP:http://unhcr.refugeefilm.org/2010/about/zenkoku.php。