『ヒストリエ』の12巻のよもやま話(前編) | 胙豆

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傲慢さに屠られ、その肉を空虚に捧げられる。

※注意!この記事には以下の要素で構成されている。
・当然の権利のような『ヒストリエ』12巻の内容他今後の展開ののネタバレ
・漫画外の資料についての言及と原作がプルタルコスの『英雄伝』であるという勝手な決めつけのようなもの
・私見と雑談と茶番
 
これらを許容できる方のみ、用法容量を守って正しく閲覧していただきたい。
 
それでは、始めよう。
 
皆さんは、『ヒストリエ』の12巻が発売されたのはご存じだろうか?
 
僕は当然、発売日に12巻を買ったけれども、別に…アフタヌーン掲載時に比べて、下書きが清書されていたという出来事はあっても、内容そのものには大きな変更はなかったために、僕の方で12巻の内容に新たに言いたいことは特にはなかった。
 
なんつーか、アフタヌーン掲載時の時点で、僕の方で主題的に言及できる何かがあった場合は既に記事にしていてるし、それこそすでに散々読んだ上での発売だから、そりゃ内容について新たに言いたいことも多くはなかった。
 
けれども、『ヒストリエ』12巻が発売されたに際して、色々な人が色々なことを言っていて、その中で僕がそれは違うと言及できるから、その話をしたいなと思うような話題があるから、その事について色々書いていきたいと思う。
 

さて、人生は長く何が起きるかわからない。

 

この記事をご覧の方々の中にも、何か漫画作品を読んで、誰もその可能性に気付いていないようなアイディアを閃いたり、この描写はこのような意味で、こういう風に回収されると天啓のように強く思って、その事を誰かに伝えたいと思いそれを文章にする。

 

そんな必要に迫られる方もいることだろう。

 

そんな皆様のために、そのようなアイディアが浮かんだ時に、留意した方が良いと思う点が僕にはあるので、その事を踏まえて、12巻発売時に色々な人が抱いた"アイディア"を紹介したいと思う。

 
『ヒストリエ』12巻で、エウメネスはエウリュディケの息子を救っているわけだけれど、その息子について、幾人かの人が、あれはエウメネスの子であると思っている様子がある。
 
(http://animesoku.com/archives/37471881.html)
 
この書き込みとかもあの双子の男児は血筋はエウメネスの子であると考えてのそれだろうと思う。
 
『ヒストリエ』作中の描写的にフィリッポスがエウリュディケを寝取ったに際して、その前にエウメネスと彼女は寝てるという描写があるからあれはエウメネスの種だと思っているという人に、この書き込み以外でも僕は複数回出会っていて、中にはこの事を言って、物凄く深遠な伏線を発見してしまったと言ってしまっているような人も僕は目にしている。
 
ただ、『ヒストリエ』作中の描写を見ると、普通に"絶対に違う"ということが分かるので、まずはそれは違うという話をして行くことにする。
 
何故違うと言えるかというと、エウメネスとエウリュディケが最後にセックスしてから2年以上後に、エウリュディケの子が生まれているからになる。
 
『ヒストリエ』でエウメネスとエウリュディケが最後に同衾したのはフィリッポスのビザンティオンへの遠征の後の時点になる。
 
(岩明均『ヒストリエ』9巻p.14 以下は簡略な表記とする)
 
この後にフォーキオンの工作のためにエウメネスはアテネに向かって、その帰りにカイロネイアに向かうフィリッポスと合流して、その戦いの後にマケドニアに帰ってきたところ、王とエウリュディケの結婚が決まっていたという流れになる。
 
だから、エウメネスはエウリュディケと随分と"ご無沙汰"で、あの双子をエウメネスの子とするには、日が隔たりすぎているという問題がある。
 
実際、最後の同衾はカイロネイアよりも更に前だけれども、『ヒストリエ』作中で、双子が生まれたのはそのカイロネイアから二年後だとしっかりと書かれている。
 
(12巻p.41)
 
このナレーションの後にフィリッポスがエウメネスに双子が生まれたから頼みたいという話が続いている。
 
結局、最後に性交してから2年以上後に双子が生まれた以上、あの子がエウメネスの子である可能性は全くの0であるという理解で良いと思う。
 
あの子らがエウメネスの子であるという設定であるとすると、エウメネスは婚姻が決まって王に嫁ぐことになったエウリュディケと姦通してなければならなくて、『ヒストリエ』作中にそのような描写はないし、『ヒストリエ』のエウメネスはそのような人物ではない。
 
色々…そうだったら面白いアイディアが浮かぶということは僕としてもいくらでもあって、けれども、そのようなアイディアは検証してより確かなものにしない限り、ただの思い付きの範疇を超えることは決してないし、良く読めば反証となる材料が作中に普通に言及されているということも多い。
 
この前のトリバロイ人の話みたいに、『ヒストリエ』単体で読んでいても絶対に分からないような描写についてのあれこれだったら仕方がないとは思うのだけれど、この話のように、『ヒストリエ』をしっかり読めばその発想に至らないような"考察"にどうして至るのかとかは僕にはあまり良く分からない。
 
僕としても"アイディア"を思い浮かぶ場合は多々あって、けれども、そうした"アイディア"が生じた時は、どういう材料があればそれは正しいとできるかをまず考えて、その材料には反証となる記述は果たして存在していなかったかを真っ先に確かめている。
 
僕はあれがエウメネスの種だという意見を初めて見た時は、強く違うと思ったので、割とすぐにカイロネイアの戦いとエウリュディケの結婚の時期と子の誕生の年号を調べていて、『ヒストリエ』の先の引用の記述なしに、あれはエウメネスの種ではないという結論を下している。
 
そもそも、『ヒストリエ』ではフィリッポスはアンティゴノスに転身するはずで、そうでなければ暗殺された時にフィリッポスは生き残らないわけで、岩明先生もアレクの死後も物語は続くと言明している。(参考)
 
アレクの死後に何があるかといえば、後継者たちの戦いであるディアドコイ戦争で、エウメネスはこの戦争でアンティゴノスという将軍と戦っていて、『ヒストリエ』作中の種々の描写から、このアンティゴノスは現フィリッポスが名を変えてそうなる予定であると現状、大体分かっている。
 
その元フィリッポスのアンティゴノスがディアドコイ戦争を戦うに際して、血の繋がった我が子の存在というのが非常に重要なファクターになっている。
 
『ヒストリエ』ではフィリッポスとアレクサンドロスに血縁はない。
 
(12巻pp.126-127)
 
このことがディアドコイ戦争で重要な意味を持ってくる。
 
原作の方だとアンティゴノスは、大王の死後に、ペルディッカスの命令を無視している。
 
「 ところでアンティゴノスは既に思い上がってすべての人を無視していたので、ペルディッカースの寄越した命令書を問題としなかったが、レオンナトスは奥地からフリュギアーへ出て来て、エウメネースのためにこの遠征を引き受けようとした。( プルタルコス『プルターク英雄伝』8巻 河野 与一訳 岩波文庫 1955年 p.44 注釈省略 旧字体は新字体へ p.44)」
アレクサンドロス大王が病死したに際して、実権はペルディッカスを始めとする数人の将軍に委ねられていて、ペルディッカスはこの時点での王国の摂政で、ここで言う命令書というのは普通にマケドニア帝国の事実上の王命になる。
 
まだ時期的に大王の後継者は生まれていないか、生まれていても乳児に過ぎなくて、その後見人がペルディッカスで、ペルディッカスの命令書は王室の命令書と等しい意味がある。
 
けれども、アンティゴノスはそれを無視しているわけで、原作だと既に思い上がっていたからという理由とされているけれど、これが『ヒストリエ』のフィリッポスと同一人物であった場合、その振る舞いは普通に理解できるそれになる。
 
マケドニア帝国はアレクサンドロスの子が受け継いで、その摂政としてペルディッカスが居て、彼が命令を出しているわけで、もし、ここでアレクとアンティゴノスが親子関係ならば、王位に新たに就いたのはアンティゴノスの孫で、その孫を無視して独自行動を取るのは少し変な話になる。
 
一方で、『ヒストリエ』ではフィリッポスとアレクサンドロスの間に血縁関係はないわけで、大王の死後に玉座に居る幼子は、フィリッポスが名を変えたアンティゴノスからしたら赤の他人になる。
 
そんな人物のために動かずに、既に14になった実の息子であるデメトリオスが居るのだから、王室の命令を無視して、自分の領分の獲得に動くというは道理に適った振る舞いになる。
 
『ヒストリエ』でもその辺りの想定は暗に示されていて、作中でフィリッポスがその話をエウメネスにしている。
 
(12巻pp.50-53)
 
ここで語られる14年後がどんな時かというと、大王が熱病で死んで、後継者同士の諍いが始まった年の話になる。
 
結局、『ヒストリエ』の本来的な本番はディアドコイ戦争で、それが故に、その時にフィリッポス(アンティゴノス)が何歳で、エウメネスが何歳かの話をしているわけで、物語としてはその辺りも織り込み済みではある様子がある。
 
ここで語られる息子が14歳の時に、大王は横死していて、血は繋がらないけれど"器"で、マケドニア王国を譲りたくはないけど譲った何処の種とも分からないアレクサンドロスが死んだ時に、血が繋がる実子を自分の跡継ぎにしたいと思うのは普通の発想でしかない。
 
その時に、オリュンピアスの不義の結果で生じた血の繋がらない"孫"の立場を無視するというのは全くおかしくないわけで、『ヒストリエ』でフィリッポスとアレクサンドロスとの間に血縁関係がないのはしっかり意味があって設定がされている様子がある。
 
逆にアレクと血が繋がっていた場合、嫡流の孫を無視して自身の勢力拡大に走って、結果として嫡孫らは殺され王室は完全に滅ぼされたという愚かな先王というキャラクターが出来上がってしまう。
 
けれども、『ヒストリエ』では血が繋がっていないのだから、そこで何処の種とも分からない"孫"なんて無視するのは当然でしかない。
 
だから、そのディアドコイ戦争の時点で、アンティゴノスと血の繋がった息子であるデメトリオスの存在は重要になる。
 
そこでもし、彼がエウメネスの子であった場合、アンティゴノスの挙動が良く分からなくなって、エウメネスと敵対して戦争するという振る舞いも良く分からないそれになる。
 
結局、エウメネスは妻がバルシネの妹だから、親戚であるバルシネとアレクサンドロスの間に生まれたその息子を守るという部分があって、王室を守護するようにディアドコイ戦争では振舞うのではないかという予測が僕にある。
 
現代日本でも例えば妻の姉の子が命の危険に瀕していたなら、助けに動くことは親戚関係が疎遠でない限り、割と当然なムーブになる。
 
エウメネスの妻は原作の方だとバルシネという名前で、一応、『ヒストリエ』に出てくるバルシネの妹にはなって、けれども、同名であるということを考えると、あのバルシネがエウメネスに嫁ぐ可能性はある。
 
そうとすると大王の遺児はエウメネスの義理の息子になって、彼とバルシネを守るためにペルディッカス陣営で戦うという想定の可能性も0ではない。
 
エウメネスがそういう風に王室を守護して、一方でアンティゴノスが自分の血筋のために王室を守らないというのなら、エウメネスと王室を無視するアンティゴノスとが敵対する理由は分かる一方で、もし、生き残った双子の男児がエウメネスの実子だった場合、アンティゴノスの動向が意味不明になる。
 
血が繋がってなくてもエウメネスの子だからという理由で我が子のように扱うというのに、そのエウメネスとは戦争するというのは良く分からなくて、その辺りは普通に、アンティゴノスの実子として、あの双子の生き残った男児が想定されていると考えたなら、辻褄は合う所がある。
 

まぁそういう話はあるけれど、そもそもとして双子の誕生はカイロネイアの戦いの二年後である以上、あれがエウメネスの子である可能性は全くないのは揺るがないのだけれど。

 

人間の妊娠期間は長くて10カ月なのだから、それよりもずっと前に性交を行ったエウメネスの子であるという可能性は、どんなにそれが素晴らしいアイディアに思えたところであり得ない。

 

その事が正しくないという証拠となるような記述は『ヒストリエ』作中にあって、反面、その事が正しいと導き出せるような描写は『ヒストリエ』作中にない。

 

加えて、X上で二回くらい、あの生き残った双子の男児がカサンドロスなのではないかという発想を目にしたことがある。

 

(https://x.com/SargassoSpace/status/1812382436225122421)

 

…。

 

どうやったらそういう発想に行きつくのかが良く分からないんだよなぁ…。

 

おそらく、フィリッポスの子が生き残ったという描写が12巻でされて、そこからWikipediaでアレクサンドロス周りの記事を読んで、その時に大王の妻も子も母親も皆殺しにしたカサンドロスの話を知って、そうだ!この惨殺はあの子の復讐のためのそれに違いない!と思ったという経緯だろうとは思う。

 

ただ、どうしてカサンドロスのことを知っておきながら、『ヒストリエ』にカサンドロスが普通に登場していることを把握できていないのかとか、ちょっと良く分からない。

(7巻p.117)

 

…このカサンドロスとは別人であって、このカサンドロスと入れ替わるように幼子がカサンドロスになるという発想なんですかね?

 

そうとすると、何故こういう風に"前"カサンドロスを登場させているのかとかは良く分からなくなるし、そもそも、大王の横死の二年後の時点でカサンドロスは帝国の副王のような立場であって、その時はフィリッポスの息子は未だ16歳で、そのような立場に立てる年齢でもない。

 

本当に僕の知識からではどうしてその発想に至ったのか、良く分からないという意見しか出せないけれど、どうもソシャゲのFGO(『Fate/Grand Order』)でこの辺りの武将が登場するらしくて、それが理由でこの辺りの時代の知識を持っている人が散見される。

 

『ヒストリエ』の話をしていて、アレクの事をアレキサンダーと呼称している場合は基本そういう人たちですね。

 

中には違う人は居るだろうけれど、アレキサンダー呼びはFGO勢が多い印象がある。

 

…FGOにプトレマイオスが実装された結果として、このサイトのアクセス数が若干増えて、僕はその意味不明さに当惑したという経験があったりする。

 

だからもしかしたらFGOにこの辺りの時代についての詳細ではない話があって、そこからカサンドロスの話を知って、ただ年齢や当時の地位の知識が欠落していて、先の人のような発想に至ったのかなと思ったりもするけれど、実態は謎でしかない。

 

まぁ実際の所は『ヒストリエ』を僕みたいに狂ったようには読んでいなくて、情報の取得漏れがあって、既にカサンドロスが出てきてるのを見逃してたり、過去にインプットしたけどすっかり忘れたとかそういう話だろうけれど。

 

一回通して読む程度じゃまず名前覚えられないからな、『ヒストリエ』。

 

歴史上、そういう名前の人物が居たんだから、そこはどうしても弄れない以上、どうしようもないとは思うけれど、この辺りの時代の人名は覚えづら過ぎると思う。(小学生並みの感想)

 

…ここでこの記事は区切りたいと思う。
 
ちょっと文字量が多くなって、色々とあれだからまぁ多少はね?
 
後半はここ。(参考)
 
まぁそんな感じです。