
米軍の撒いた宣伝ビラに見入る日本兵(映画『太平洋の奇跡』)
太平洋戦争では日米問わず、宣伝謀略ビラと呼ばれるイラストや写真付きのチラシが飛行機で地上に撒かれ、「戦わずして敵を制す」という謀略の一端を担っていました。
宣伝ビラで戦意喪失させるというこの戦略は、上海事変のあった昭和12年に軍当局に採用されました。
初めはガリ版刷りの粗末な宣伝ビラでしたが、昭和16年に太平洋戦争に入ると、多色刷りでカラー印刷し、本格的な謀略戦に採用されはじめました。
以下、日本で制作された米軍向けの宣伝ビラをご紹介します。

黒いネズミ男のような服を着ているのがルーズベルト大統領。彼曰く、
「行け汝、アメリカ兵、必要ならオーストラリアを空き家になるまで喰いつぶせ。」
仰向けに倒れている男性がオーストラリアを象徴しています。
初期のころはルーズベルトの対日政策に対する批判が中心でした。
「忠勇なる兵士諸君、ワシ(ルーズベルト)は、ワシの名誉と地位を保持するために、こんなことをなさねばならぬのだが、お前たちの方より、ワシの方が苦しいんだよ。
しかし、ワシの地位ではこれをしないとね。ドーレ、一つまたやるかね。ヨイショ、次はだれだ」
ルーズベルトが棒でアメリカ兵の尻をつつき戦場へ追いやっているイラスト。
「過去は・・・思うままに楽しむことができたが・・・」
「現在は・・・同じ口とはいうものの、ああ、なんと・・・」
これはガダルカナルの米兵を対象としたもの。
昭和16年から18年にかけての日本軍にまだ余裕がある時期には、そのほとんどがレイテ、ハワイ、ガダルカナル、ジャワ、スマトラ、フィリピン、シンガポール等に進駐していた米英軍に対する厭戦ビラが中心でした。
「君は必要とされているのだ ― なぜ私をこんな風に置き去りにしたの?なぜか耐えがたい寂しさ・・・この沈黙、この湧き出る、しかも満たされない情熱に私一人苦しまなければならないの?なぜ?なぜあなた帰ってくれないの?」
日本優勢の頃は、このような望郷の念、厭戦の念を訴えるカラー刷りが多いです。