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ヘルマンZのブログ

恋愛理屈屋の不思議君
一応イケメンで通る男だが変人すぎて彼女できません

あるネットの動画で、世界中の様々な特殊能力を持つ人たちの紹介をした動画が上がっていた。その紹介動画の中に、相当の訓練の末に体温を7度上げることに成功したチベット僧の話がでて、その動画の主が「もっとほかのことに時間を使えばよかったのに」っと言っていた。体温を七度上げることに成功したそのチベット僧の努力は無駄なことらしい。確かにそんな風にしか思わない人間が体温を上げる努力をしても無駄だと思う。人生の成功はお金儲けや権力を得ること、女の子にもてることぐらいしか考えつかない人間がこういうことを無駄としか思わないんじゃないだろうか?

 

自分にも正直体温を7度上げることのメリットはわからない。せいぜい、体温が常人と7度も違えば絶対に病気にはならなければ太ることもないぐらいのことしかわからない。でもそれ以上の、常人には想像もつかないようなメリットを感じるのは自分くらいだろうか?常温体温が7度上がったら、絶対に普段見える景色は違うと思うし、心の状態も全然違うんじゃないだろうか?それは実際経験してみないとわからない。

 

ヒマラヤ聖者の本には、すべての人間にある人生での役割があると書かれていた。僕が直感的に思うのは、もし人の人生にその人にしか達成できない何かがあるとするなら、それは一見無駄だと思われる行為の中にヒントがあるんじゃないだろうかということだ。他人から見て無駄なことで、自分から見て意味があることなら、それをやって何か新しい発見や達成ができるのは自分だけだ。

 

お金持ちになる努力やモテる努力は、だれが見ても意味があるわかりやすい努力だ。しかし、だれにでもわかる努力しかできない人は、自分の人生に自分だけの特別な価値を感じることはできないと思う。

自分はよく若く見られるタイプだけど、でも実は自分で鏡を見ると年齢通りに見えたりもする。それは老けたとかではなく、やっぱり昔の自分と比べて面構えが変わったと感じるからだと思う。

 

顔にはやっぱりその人の心の状態が現れるので、心が成長したならやっぱりそれは顔にも表れる。

 

小さいころ自分はよく髪を短くされるのをしぶったのを覚えている。子供のころというのは多感な時期で情緒不安定なこともあり、メンタルの状態で結構顔が変わったりするからだ。なんか今日は不細工だな…ってときもあれば、おっいけてるな…ってときもある(あくまで自分で鏡を見てだが)。しかし髪をある程度長くしておけば、印象の振れ幅それほどは大きくなくなる。この気持ち女性ならわかる人も多いと思う…そうでもない?

 

しかし今は心も安定したせいか、髪型はそれほど気にならない。「男なら黙って黒髪短髪!」ってなもんである。

 

 

終末預言が都市伝説の動画などで最近たびたび話されている。

 

人類滅亡とか、アセンションとか、救世主がやってくるとかいろいろ説があるけど、大事なことは自分の普段の生活をしっかりしていさえすれば大丈夫だということだ。

 

聖書の言葉でも、「主の日は盗人のようにやってくる。だからあなた方は常に目を覚ましていなさい」と書いてある。これは終末預言のことを指しているといわれているが、実はもっと身近な日常を表している聖句で「普段のあなた方の行いが良い意味でも悪い意味でも報われる日は突然にやってくる」という意味だ。だから常に今を生きることを心掛けていれば、その報いを得ることができるというものでもある。

 

https://ameblo.jp/zip372/entry-12383255983.html

 

過去や未来にばかり生きていて、結果ばかりを求めるわがままな人間は何も得られない未来、もしくは失うだけの未来が待っているし。しっかり今を生きて、良い要因づくりができる主体性のある生活ができているなら良い報いが待っている。それは終末だけではなく、今も昔も変わらないことだ。

 

今を生きて常に備えること。それさえできていれば、週末の厄災の中でも守られることができる。