あるネットの動画で、世界中の様々な特殊能力を持つ人たちの紹介をした動画が上がっていた。その紹介動画の中に、相当の訓練の末に体温を7度上げることに成功したチベット僧の話がでて、その動画の主が「もっとほかのことに時間を使えばよかったのに」っと言っていた。体温を七度上げることに成功したそのチベット僧の努力は無駄なことらしい。確かにそんな風にしか思わない人間が体温を上げる努力をしても無駄だと思う。人生の成功はお金儲けや権力を得ること、女の子にもてることぐらいしか考えつかない人間がこういうことを無駄としか思わないんじゃないだろうか?
自分にも正直体温を7度上げることのメリットはわからない。せいぜい、体温が常人と7度も違えば絶対に病気にはならなければ太ることもないぐらいのことしかわからない。でもそれ以上の、常人には想像もつかないようなメリットを感じるのは自分くらいだろうか?常温体温が7度上がったら、絶対に普段見える景色は違うと思うし、心の状態も全然違うんじゃないだろうか?それは実際経験してみないとわからない。
ヒマラヤ聖者の本には、すべての人間にある人生での役割があると書かれていた。僕が直感的に思うのは、もし人の人生にその人にしか達成できない何かがあるとするなら、それは一見無駄だと思われる行為の中にヒントがあるんじゃないだろうかということだ。他人から見て無駄なことで、自分から見て意味があることなら、それをやって何か新しい発見や達成ができるのは自分だけだ。
お金持ちになる努力やモテる努力は、だれが見ても意味があるわかりやすい努力だ。しかし、だれにでもわかる努力しかできない人は、自分の人生に自分だけの特別な価値を感じることはできないと思う。