この間電車に乗って揺られていたら、ある駅で30代前半くらいかと思われるようなおっさんが乗り込んできた。しかしよくよく見ると…以前の住所の隣に住んでいた隣人だった(会話したことはほぼない)。
確かまだ20代半ばくらいのはずで、以前見かけた時から2年くらいしか経っていない筈だが…こうも老け込むとは意外だ。
引きこもりの自分と違い、良く仲間とつるんで遊んでいるリア充なのは知っていた。女の子も連れ込んでいたみたいで、隣の部屋からよく笑い声も聞こえてきていた。
しかし、若いということに油断していると、若さなんてあっという間に擦り切れてしまうんだなってことをその時電車の中の隣人を見て感じた。
聖書の中のイエスキリストのお話で「放蕩息子」のお話がある。父親から分け前をもらい、散財し、失意の中帰ってきた息子が父親に抱きしめられるというエピソードだ。
ダスカロスの本によると、人はみんな「マインド」と呼ばれる生命エネルギーのようなものを神様から与えられて生まれてくるらしい。しかしこの「マインド」なる生命エネルギーを放蕩息子のように売春婦と過ごして浪費してしまうお方が多いのだとか…。
あまり詳しく話すと長くなってしまうので手短にわかりやすく言うと、「マインド」とは「若さ」そのもののことで、それは多分お金と同じで無駄遣いしてしまえば素早く失われてしまうが、ちゃんとエネルギーとして循環する使い方をすれば長持ちするということなのだと思う。そしてそこに、聖書が語る「永遠の命」のヒントが隠されているように思う