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ヘルマンZのブログ

恋愛理屈屋の不思議君
一応イケメンで通る男だが変人すぎて彼女できません

肉をしばらく断っていたら、肉がうまいと感じなくなってしまった。

 

少し前なら牛ステーキ肉が目の前にあればご満悦な俺だったのにどうしたのだろうか?

 

多分体の波動が上がったので肉をおいしいと感じなくなったのだと思う。

 

成瀬雅春さんも言っていたが、彼に弟子入りしてヨガを続けている人はみんな自然と肉食をしなくなるらしい。

 

ある人は何を食べているかを言っただけでその人がどんな人かを当てられるらしいけど、多分本当だと思う。

というより、どんなものを好んで食べるのかにその人の人柄が出てしまうんだと思う。そういえば、最近白米よりも玄米のほうがおいしいと感じるようになった。

この間電車に乗って揺られていたら、ある駅で30代前半くらいかと思われるようなおっさんが乗り込んできた。しかしよくよく見ると…以前の住所の隣に住んでいた隣人だった(会話したことはほぼない)。

 

確かまだ20代半ばくらいのはずで、以前見かけた時から2年くらいしか経っていない筈だが…こうも老け込むとは意外だ。

 

引きこもりの自分と違い、良く仲間とつるんで遊んでいるリア充なのは知っていた。女の子も連れ込んでいたみたいで、隣の部屋からよく笑い声も聞こえてきていた。

 

しかし、若いということに油断していると、若さなんてあっという間に擦り切れてしまうんだなってことをその時電車の中の隣人を見て感じた。

 

聖書の中のイエスキリストのお話で「放蕩息子」のお話がある。父親から分け前をもらい、散財し、失意の中帰ってきた息子が父親に抱きしめられるというエピソードだ。

ダスカロスの本によると、人はみんな「マインド」と呼ばれる生命エネルギーのようなものを神様から与えられて生まれてくるらしい。しかしこの「マインド」なる生命エネルギーを放蕩息子のように売春婦と過ごして浪費してしまうお方が多いのだとか…。

 

あまり詳しく話すと長くなってしまうので手短にわかりやすく言うと、「マインド」とは「若さ」そのもののことで、それは多分お金と同じで無駄遣いしてしまえば素早く失われてしまうが、ちゃんとエネルギーとして循環する使い方をすれば長持ちするということなのだと思う。そしてそこに、聖書が語る「永遠の命」のヒントが隠されているように思う

最近、真仙明さんがオーラ視についての本を出版されたようだ。オーラ視というのは人体を取り巻く生命エネルギーのことで、そのエネルギーの流れを目視することができる人というのは実際にいる。

 

Kindleの本なんだけど、その真仙明さんの本にかなりシビアな評価がついている。私自身は彼を応援しているほうなんだけど、実際胡散臭いと感じる部分も多いw

ヒマラヤ聖者の本を愛読書とする自分には、真仙明さんの本もやはり素晴らしいと感じられる部分も多い。しかし、実際に彼の講習会に参加して彼に会ってみると、本で感じたイメージとかけ離れていてがっかりしてしまうw

 

本を読んで素晴らしい!と感じた著者ほど実際に会うとオーラがなくがっかりしてしまい、「なんだこの稚拙な文章は???」っという本の著者ほど実際に会うとオーラ出まくりの素敵な人物っていうパターンは、結構あるんだろうと思う。文章で表現する才能と、人前で自分を実際に表現する才能は別個だからだ。真仙明さんは引きこもりだったのだから、前者でも仕方がないと思う。

 

何が言いたいのかといえば、実際に会って相手をどう感じるのかも大事だけど、本を読んで感じる著者の素晴らしさだって否定する必要はないと思う。本の素晴らしさだってその人の一面であることに違いはない。