「水」という言葉のとらえ方 | 仁誠塾ブログ

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鹿児島のドリームトレーナー「古田 仁」氏を講師にお迎えし、参加者の【自立•自律】を目的にした勉強会。
現在は全国各地(鹿児島•福山•大阪)に有志が集まり勉強会を毎月開催しています。

こんばんは。田口さんご指名ありがとうございます。
福山仁誠塾の横山です。

先日の仁誠塾で、古田先生のお話の中に「だれからも必要とされる水でありたい」というお話がありました。

そのとき、ふと思い出したのが
「上善は水のごとし」(お酒じゃありません(笑))

ざっくりいうと、
徳のある人の生き方は、まるで水のようである。水は万物を育て養う。そして柔らかくしなやかだ。いつも自然に寄り添い、争うこともなければ威張ることもない。水はいつも低いところへ流れていく。徳のある人も人々の下に甘んずる。水は絶えず万物に施し、その見返りを求めない。水は万物をありのままに写し、うそ偽りがない。人間も水のように生きることができて初めて道に近づけることができる。

ここでいう「道」というのは我欲を捨て無垢に近い生き方を表していますが、僕は少し違ったとらえ方をしています。
「道」って、「我が道」「目標」「夢」なのではないかな~なんて思うんです。

そう考えてみると、水のような人を目指すということは、次のような人になるということ。

・いろいろな人の成長を助けるられるような人になる。

・そしてそこには見返りを求めない人でありたい。

・どんな状況・どんな相手でも臨機応変に対応できる柔軟さを持った人になる。
水は四角な器に入れれば、四角な形になり、丸い器に入れれば、丸くなる、器に逆らうことなく形を変える柔軟さがあるということ。

・相手から教わる・学ぶことを嫌だと思わない、謙虚な姿勢を持った人になる。
低いところに身をおくのは誰でも嫌なものですが、水は人の嫌がる低いところに流れていきます。謙虚な姿で、自分の能力や地位を誇示しようとしない。

・自分にうそをつかない人・他人に信頼される人になる。
ありのままを映すことから、客観的に物事を観れる人と付け加えることもできますね

・内に大いなるエネルギーを秘めていてる人になる。
緩やかな流れは、人の心を癒す力を持っていますし、また速い流れは、硬い岩をも砕く力強い力も持っています。

柔らかくてしなやかな水は、時には金属や岩のような頑丈で重いものを動かすこともある。さらにどんな形にも姿を変えることができる水は、ちょっとした隙間にも入っていくことができる。たしかに普段は穏やかな川の流れも大雨ともなれば増水し、濁流となって重い岩を動かしたり、山を削り取って地形を変えてしまうこともあります。さらに、水をノズルで噴射して金属を切断することだってできます。

水というと、どうしても受け身的な、流れに身を任すといった印象を受けると思います。

しかし、水のような柔軟性をもって、学ぶことへの謙虚さを忘れず、周りを助け、時には強い意志の力で壁を壊し、障害を乗り越えていく。

こんな風に目標へ向かっていくための心の持ち様ととらえると、前向きな主体性を持った言葉ととらえることができるのではないでしょうか。

「上善は水のごとし」
仁誠塾で学ぶ前は、受け身の言葉としてとらえていたかもしれません。
発想がよりポジティブになってきたんだな!と書きながら実感しています。

あっそうそう、水のイメージの中に静かな穏やかなものもありますね。
周りのことに動ぜず、イライラしない心穏やかな人でもありたいと思います。
難しいんですけど(笑)

次は、最近頭の中がスッキリした社労士 大本さん よろしくお願いします。