中国へのコメの輸出はなぜ増えないのか | 坂本雅彦のブログ

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作家、国会議員秘書、教員、学者

 日本の米が中国で徐々に評価を上げている。中国で人気があるのだからもっとたくさん輸出したら良いという声が聞かれる。確かにその通りであるから少し調べてみた。日本から中国への米輸出量は2019年の1007トンを境に減少しており2021年には575トンとなっている。中国での日本米の評価は上がっているのになぜ日本米の輸出量は増えないどころか減少しているのか。それには2つの要因が考えられる。

 1つ目は日本から中国へ米を輸出するにあたり検疫条件が厳しいこと。日本産米の中国向け輸出に当たっては植物検疫条件により中国側が認可した指定登録施設で精米・くん蒸等がなされたお米のみ輸出できることとなっている。現在、精米工場は北海道のホクレン農協、神奈川の全農パールライス、兵庫の神明の3か所、燻蒸倉庫は小樽倉庫、石狩倉庫、酒田港西埠頭2施設、上組3施設の7か所となっている。精米工場や燻蒸倉庫の認可数を中国当局が絞ることで輸出の増加を抑制しているのではないかと指摘されている。実際はどうだろう。一般的な業務用精米卸メーカーで導入されている精米機でどのくらいの処理能力があるのか計算してみた。ミルモア精米機HPR25Bは業務用としてロングセラー商品である。ミルモア精米機HPR25Bの精米処理能力は1500キロ/時間であるから、1日8時間稼働させたとして12トン、年間稼働日数を250日として年3000トンとなる。ミルモア精米機HPR25Bを認可した3工場に1台ずつ設置されていたとしたら9000トンとなる。ホクレンも神明も全農パールライスも50トン以上/日の農水省の工場リストに載っている。3工場で1日50トン250日稼働すると年37500トンとなる。実際には37500トン以上の処理能力を持っているだろう。燻蒸倉庫に関してはどうか。酒田港は中国に最も近い海上輸送路を持つ。燻蒸倉庫は2施設を備えており年間2000トンを処理できる燻蒸倉庫を備えている。酒田港は2025年には20万トンの処理能力を備える計画であった。他にも規模は定かではないが認可を受けている他の5施設を考慮すると年1万トン以上の収容能力は持つと考えられる。即ち、燻蒸施設の処理能力は余裕があるだろう。精米も燻蒸も処理能力に問題はないとすれば中国当局の締め付けによって日本米の輸出が阻害されているという論は当てはまらない。ちなみに、中国に向けて米を輸出しているアメリカにも日本と同様に中国当局による精米工場と燻蒸倉庫の認可承認を課している。日本だけが他国と比較して米の輸出に関して中国から厳しい条件を課されているということはない。

 かつて、2010年に日本米の中国への輸出を拡大させるという日中合意によって日本各地の港やコメどころが期待を膨らませた。精米工場は3か所、燻蒸施設は7か所の中国側による認可にとどまっているが、2011年には30か所以上の精米工場や燻蒸施設が中国当局に認可を申請している。内外価格差が大きかった当初は日本米がたゆまぬ技術革新と品種改良によって価格を半分以下にしたことで少なからず輸出が促進された。その結果、世界各国で日本食ブームが起こり国際的な認知度も増した。その努力は水泡に帰すことになったと言っても過言ではない。コメの輸出は増えるどころか近年では減っている。かつては1粒たりとも入れないと市場開放を拒否してきた外国米であったが1993年の冷夏による不作をきっかけに解禁された。毎年、ミニマムアクセス米として国内生産量の8%を輸入することが課せられており、現在でも年70万トンから80万トン程度を輸入している。国内のコメ収穫量は年10万トン程度ずつの減少が続いている。1999年に制定された食料・農業・農村基本法は貿易自由化に対応するために大規模な専業農家による生産性向上を目指す方向を示したはずだった。ところが、その後の政府の農政は一貫せず兼業農家などの農業の多様性を重視することで生産集約による効率化を阻むこととなった。輸出拡大と生産性向上を並行して行うことで食糧安全保障に繋げるはずが時代に逆行する減産政策を進めてしまっている。国の農業政策のブレによって品質、価格、といった国際競争力は発揮されず生産性の向上には結びつかなかった。日本の農産物や食品の輸出額は1兆円に上ろうとしているが、そのうちコメは僅か30億円に過ぎない。もはや、国際競争力を失った輸出品目である。コメの生産は日本の食糧安全保障と密接に関わる。民族の主食であるコメは数少ない国内自給率ほぼ100%の産物である。減反を容認すべきではない。

 二つ目の要因は中国国内での日本米の栽培の普及と増加である。オーストラリア産の和牛がアジア各国やヨーロッパで日本の和牛より格安で販売されているのと同じ仕組みである。中国国内では中国で生産されたコシヒカリやあきたこまちが日本産と比較して五分の一から十分の一の価格で流通しているという。いくら日本産コシヒカリの品質が高くても一部の高級レストランや富裕層にしか届かない。これだけの価格差があると中国で流通する日本米のほとんどが中国産の日本米となるのは当然ことと言える。中国国内ブランドとして高い評価を得ているブランド「五優稲4号」に関して中国政府の公表するデータを分析すると3代遡ったところで日本種との掛け合わせであることがわかる。中国米「遼粳5号」は日本種の「豊錦」との掛け合わせ、中国米「合江12号」は日本種の「石狩白毛」との掛け合わせ、中国米「合江16号」は日本種の「蝦夷」との掛け合わせ、中国米「合江20号」は日本種の「下北」との掛け合わせであることがわかる。1910年の日韓併合によって日本米は朝鮮半島で広く耕作されるようになった。その後、1931年の満州事変、1932年の満州国政権設立以降に日本人が満州開拓団として入植する。それから間もなく中国国内でも中国米と日本米との掛け合わせによって普及していく。多くの中国人が「五優稲4号」が日本米との掛け合わせであることは知らないようである。そもそもコメの栽培は中国から日本に伝わり、日本で品種改良が進められ、再び朝鮮、満州を経由して中国に戻ったことになる。所得の上昇にともなって中国で消費されるコメは急速に高品質化、高付加価値化が進んでいる。その中国米ブランドの多くが日本米にルーツを持つとは因果な巡りあわせである。品質は高いがそれ以上に価格が高い日本のコメが飛躍的に需要を伸ばす余地は限られている。中国では既に日本米は広く普及しており、日本から輸出するコメよりも安く手に入る状況にある。そのことが対中国への日本米の輸出が伸びない要因になっていることは否めない。

 上記の二つの要因を検討した結果、中国への日本米の輸出が伸びないことと中国当局による精米や燻蒸の施設の認可は自由な貿易競争を阻害しているとは言えない。また、中国が中国産ブランド米のルーツが日本米であることを隠していることもない。むしろ、日本米の国際競争力を阻害しているのは価格である。農家の努力によって一定のところまで価格は下がったがその後が続かない。農業の大規模化、効率化を進められず、逆に兼業農家などの多様性を重んじたことによって低コスト化は進まなかった。政府は減反政策の一環としてコメ農家に飼料用米の栽培に変更した場合にはコシヒカリを生産したときと同様になる補助金を給付した。コメ農家は中国をはじめとした新しい市場で価格競争にさらされるよりも補助金で安定収入を確保する方を選んだ。政府の農政が農業の大規模化や生産効率の向上を阻害する結果となっている。コメの国際競争力を失ったのは政府による人災なのかもしれない。

 とはいえ、中国以外の国への米の輸出は伸びている。香港、シンガポール、台湾、アメリカへの輸出が多く直近10年で10倍になっている。アメリカ国内ではカリフォルニア米と日本米がほぼ同じ価格で販売されていることから中国よりもビジネスチャンスは大きいのではないか。アメリカと対等にコメの販売競争をするには関税の撤廃が必要となるが、生産者支援や政策目的の誘導を行うために関係者へ直接的に補助金を支払う制度を導入すれば可能となる。EUは関税を撤廃後、直接支払いを利用して生産者を保護している。農家の生産性の向上、技術革新などを後押ししつつ、直接支払制度を活用すれば減反の必要はないし国際競争力は一気に増す。そして、国家の食糧安全保障にも貢献する。

 

参考

 

日中合意、精米工場2カ所、くん蒸倉庫5カ所を追加 JETRO

https://www.jetro.go.jp/biznews/2018/05/5164559f877552b9.html

 

中国への精米の輸出について 農林水産省

https://www.maff.go.jp/j/seisan/boueki/kome_yusyutu/china.html

 

日本産コメ・コメ加工品輸出ハンドブック

一般社団法人全日本コメ・コメ関連食品輸出促進協議会

https://zenbeiyu.com/jp/wp-content/uploads/sites/2/2020/10/handbook-all.pdf

 

日本米の輸出は極めて有望だ 山下 一仁 キャノングローバル戦略研究所

https://cigs.canon/article/20200622_6500.html

 

精米工程とお米のクレーム 松岡延勝 ㈱神明

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jisdh/20/3/20_3_173/_pdf/-char/ja

 

「中国への日本米輸出販売について」 羽子田礼秀

https://export-rice.net/movie/document_data/hakoda.pdf

 

コメの輸出・輸入 農水省

https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/200730/attach/pdf/index-33.pdf

 

中国向けコメ輸出の状況

https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/220727/attach/pdf/220727-18.pdf

 

説明参考資料 農水省

https://www.maff.go.jp/j/kanbo/nougyo_kyousou_ryoku/sienhou/attach/pdf/sienhou_setumeikai-2.pdf

 

酒田港の概要

https://www.mlit.go.jp/common/000164359.pdf

 

酒田港からコメ輸出の第一歩 佐藤とうや ブログ

https://blog.goo.ne.jp/sato-toya/e/9ca8b5a325998f3508c58fa5c5963633/?st=0