辛い。からいじゃない。つらい。

 

ざんがら氏は今、つらいのだ。

 

何がつらいのか。

 

仕事ではない。上司も原因の一つだが本質ではない。先輩女性との関係が発展しないつらさはあるが、核心ではない。

 

つらいと感じている原因は、自己肯定感の低さからくる自信のなさである。

 

ざんがら氏は自信がない。自身がないから人を信じることができない。すぐに疑心暗鬼に陥る。人の言動を悪い方に受け取ってしまう。心を開けない。好きな人に素直な笑顔を向けられない。自分の意見を素直に伝えられない。すぐに自分はダメだ。もうダメだ、と思ってしまう。

 

そのようなざんがら氏に気づきを与えてくれたのが、先輩女性である。周りの出来事、人の言動に反応する自分の心が問題なのである。まず、心を安定させることにこそ目を向けるのである。心が明るく楽しくあれば、楽しいこと、いいことが起こるのである。

 

そのために、前向きな言葉、ポジティブな考えを心がけよ。ということである。

 

素晴らしいことだ。理想的だ。これが出来たら幸せになるに違いない。自信があふれてくるに違いない。嫌な上司も理不尽な扱いにも耐えることなく昇華できるはずだ。

 

かつて、ざんがら氏はその理想状態にあった。何事にも前向きで明るく、くよくよ悩むことなく、思いやりがあって人が好きで、人のために心を砕き、人を受け入れることが喜びで、困っている人に手を差し伸べていた。批判されても否定されても動じなかった。自信があった。自分が好きだった。

 

それがいつしか失敗と挫折の連続から自信を無くし自分を傷つけ、殻に閉じこもり、世界を恨んだ。前向きに生きることを諦めた。自分のことが嫌いになった。人の顔色が気になり、人と接することが怖く、本音を言えなくなった。外出することすら恐怖を覚えていた。

 

180度変わってしまった。危機的である。

 

だがしかし、やっと人間としてのリハビリができている。本来の自分を取り戻すべく、ふさわしい環境を手に入れた。気持ちの悪い上司を通して邪悪な人間への対処方法を学ぶことができる。優しい先輩たちを通して人を愛することを改めて学ぶことをできる。自らの人間の器を広げるにふさわしい環境だ。ついでに社会人としても訓練されている。毎日が学びの日々だ。

 

楽ではない。腐ろうと思えば簡単だ。逃げようと思えば簡単だ。しかし、腐るわけにはいかない。逃げるわけにはいかない。明るく楽しく前向きに捉え、人生の舵を自分の手に取り戻すのだ。

 

このように心を決めているざんがら氏の毎日を下支えしているのがオナ禁である。毎日綱渡りのような心境のざんがら氏はオナ禁効果によってかろうじて耐え忍んでいる。心の均衡を保てている。今はまだギリギリ耐え忍んでいる状態であるが、今後このギリギリ状態から少しずつ余裕が生まれることを知っている。なぜならざんがら氏は成長するからである。今、日々成長している。少しずつだが成長している。

 

オナ禁は自らの成長を加速させてくれる。自らの集中力を目の前の目標に全力で傾けることができるからである。ざんがら氏の能力は低いものであるが、わずかな能力をオナニーでさらに低めるというのは愚の骨頂である。さらにオナ禁は加速してゆくだろう。

 

オナ禁万歳。同志たちよレッツオナ禁!!

 

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