わたしの人生を変えたのはエリザベスだったのかもしれません。
いつしか、「エリザベス」と聞いただけで、ドキッとするようなそんな存在になりました。ニュースから「イギリスのエリザベス女王は・・・」と流れてきただけで。
初めてのエリザベスは大阪九条のエリザベスでした。
変態にはなりたくない、自から変態のレッテルを貼るわけにはいかないと完全女装に抗いながらも。「首下」だけはひっそりとやっていた(今思えば、あれはただ「やっていた」です。楽しいと思ったことなどありませんでした。楽しくもないのになぜやっていたのかその分析も必要になって来ると思いますが)わたしがこの時、なぜエリザベスへと向かったのか。
過去のことなどもうどうでもいいことのようにも思えるのですが、今こうして女装を楽しんでいるのはエリザベスのおかげかもしれないのですから、しっかり分析することは価値のあることと思うのです。この頃のわたしを分析してみたいと思います。
エリザベスとの関りは以前にも記事に書いたことがありました。
約3年間の「首下」を経てのエリザベスでした。(「首下」とか「完全女装」などという用語は後になって派生する用語ですが、イメージがわかりやすいと思いますので構わずに使用します)
3年間の「首下」と言っても、当時は直に婦人服販売店へ行って「プレゼントなんですが・・・」と言って買うしか方法がありませんでした。その間に訪れたブティックは6店舗で買ったアイテムは9アイテムであったと記憶しています。
この頃は、今に比べるとあらゆる分野において情報量は貧弱なものでした。自分は異常で特殊な存在であると決めつけていました。それは大学の時に履行した教育原論に起因していました。その教科書の中に児童の異常性向として加虐性愛、被虐性愛、同性愛、幼児性愛、露出症、窃視症などと並んで異性装がありました。「あっ、これだ。俺はこれだっ」と見つけたときは衝撃でした。俺は異常者だったんだ。周りの学生達は少々の嘲笑ぐらいはありましたが、概ね、何事もなかったように講義を受けているのに、わたしだけが無理に平静を装っているかのようでした。「これらの異常性向は早めの発見と対処が必要となる」とその教科書には書かれて終わっていました。姉のスカートやワンピースをこっそり着たり、穿いたり、中学のセーラー服も着てみたり、高校のブレザータイプの制服も着てみたりしたのは、まさに異常性向によるものということにショックを受けました。
誰にも知られずに、隠し通して、治すしかないと誓いました。治すと言ってもいったい何をしたらいいのか、思いついたのはひたすらにスポーツに打ち込むことでした。
その成果もあってか、女性の服に興味が無くなったとまではいかなくても、着なくてもいいというレベルにまでは到達できたと思いました。
社会人になると、状況が一変します。これまで周囲の女性と言えば同年代の学生がほとんどでしたが、社会人の女性と対面したり目にしたりする機会が増えます。当然と言えば当然なんですが。大人のきれいな女性もいますし、同年代の20代の若くてかわいい女性もいます。でも、そんな女性達よりも、彼女達が着ている服の方がはるかにわたしの目には魅力的に映っていました。ワンピース、スカート、ブラウス、リボン、フリル、レース、花柄・・・。
「ああ、着てみたい」
(ああ、着てみたい・・・)
女性誌を買ってこの欲望を紛らわそうともしましたが、ついに抑えきれずに
「あ、あのー、プレゼントなんですけど」
社会人になって自分で稼いだ給料を何に使ってもいいじゃないか、という心理も大きく作用したのは確かでしたが、ついに一線を越えてブティックへ入ってしまったのでした。実はこの前には何度か未遂もありました。「ここだ」と決めて入ったブティックで「いらっしゃいませ~」とスタッフさんからの声掛けに続いて、周りにいた若い女性のお客さんから視線の一斉集中砲火を浴びて「あ、間違えました」と退散したということもありました。
でも念願の自前の女性服を手に入れることができたのです。あれほどまでに憧れた末に手に入れた女性服、その最初はブラウスとスカートでした。着れば最高の満足感が得られるのかといえばそうでもなく「何やってるんだろう」とすぐに脱ぎ捨ててしまう。でも、また着てしまう。そんな繰り返し。決して楽しいとは思えないし、でも着らずにはいられない。この不可解な衝動には自分でも説明がつきませんでした。それでも確実に言えることは、「誰にも迷惑をかけていない」です。
このブラウス・スカートから始まった「あ、あのー、プレゼントなんですけど」はその後、スカート・カーデガン、ワンピース、ブラウス・スカート、Tシャツ・スカート、Tブラウス・スカートと約3年の間に6店舗で9アイテム。9アイテムと言ってもこの間に何度か廃棄を繰り返して、手元には0の時期もあれば4アイテムほどあった時期も。でも今思えば楽しいと思ったことはありませんでした。ただ、「首下」をやっていただけ。
一方で、時折、エリザベスの情報にテレビの深夜番組や週刊誌などで触れることがありました。興味深く視て「俺も完全女装をやってみたい」と思ったり、「この人のように美人になれるんじゃないか」と思ったりしましたが、「いや、俺は変態じゃないんだ」とエリザベスの女装と一線を画しているつもりでした。わたしがやっている「首下」はただ女性の服を着るだけで女装とは違う。ブラジャーを着けるわけでもなくショーツを穿くわけでもない。メイクもしないし、かつらも被らないから、と結論付けしていました。しかし、スカートを穿いたりワンピースを着たりして一瞬喜びは得られるものの、満足感らしいものは得られず積もりゆく不満の方がはるかに大きかったのは事実です。これに対しては新しいスカートやワンピースを買って新鮮な穿き心地や着心地を味わうこと以外に方法がありませんでした。
そんな中で巡り合ったのが8・9アイテム目のTブラウス・スカートでした。遠く離れた所のJR駅のブティックで
「あのー、20代の女の子へのプレゼントなんですけど」
これまでの経験上トップス&スカートでもワンピースでも大体1万円前後の買い物でしたが、このブティックは何か置いてある女性服の雰囲気がこれまでのブティックとは違いました。素材、デザイン、色、柄など。Tブラウス・スカートで、な、なんと約4万円でした。Tブラウスはクリーム地にパープルの花柄、スカートはパープルのプリーツスカート。真後にファスナーと脇にボタンが付いていました。今思えばハイウエストで穿くスカートだったのでしょうがわたしのウエストにはローウエストで納まってだらしなく見えていたと思います。4万円のTブラウス・スカートはこれまでの女性服とは肌触りや光沢が違いますさすがに満足感のようなものがありましたが、やはりそれも一瞬でした。4万円の出費を悔やみました。
ではどうするか。そうだ、せっかく4万円もの女性服を買ったのだからこれを持ってエリザベスへ行って完全女装してみよう。わたしが考えた結論でした。
変態ではない。ただ試しに行ってみるだけだ。1回きりだ。変態であったとしても、身近な誰にも知られなければいいわけだから、知られなければ変態ではない。もしかしたら「首下」だけでは満足感が得られない現状を完全女装することで何かが解決するかもしれない。そんな期待があったのかもしれません。
こうして大阪九条エリザベスへ向かったのでした。
大阪九条エリザベスはマンションの2階だったか3階だったかで、入口の周りに人がいないのでブティックへ入る時とは違って、「よしっ、行くぞ」と抵抗なくスーッと入れました。この時点ではこの1回切りだという覚悟でした。
入るとそこにはブラ&ショーツ、スリップなどの女性下着、ワンピース、スーツ、スカートなどの女性服、化粧品、ウィッグ、靴、バッグ、アクセサリーなどの女装用品が一通りディスプレイされていました。これまで「あ、あのー、プレゼントなんですけど」とブティックに入ったときであれば女性服に囲まれてなんだか恥ずかしい気持ちになったもんですが、今日は違います堂々としていられると感じたのですが、何かいつもと違う恥ずかしさがありました。これは今から女装しますという恥かしさのようです。
「いらっしゃいませ」
わたしより2、3歳年上ぐらいの兄ちゃんが迎えてくれました。
「あ、あのー、女装がしたいんですが」
「初めて?」
「あ、はい」
「何を持ってるの?」
「え」
「ブラジャーとかパンティとか」
「いいえ、これとこれです」
「じゃあ、待ってて」
「これがいいかな」
と、しばらくしてベージュのブラジャー、ショーツとパンストを手に戻って来ました。
「じゃあ、これを持ってこっちの部屋へ行って・・・。新人さん入りまーす」
この時点ではとにかくさっさと完全女装をやってみて終わりにしたいという覚悟でした。女性服に興味があって、それで「首下」をやっている。普通の男なら興味を持つこともなく、「首下」をやることもないでしょう。興味が無くなって、「首下」などをやらなくてもいいような心理状態になれればどんなに楽か、と。とりあえずはここで「完全女装」を経験してしまえばそこでなんらかの結果が出るかもしれないという期待感のようなものがありました。「完全女装」を趣味として生きていくなんておぞましくてとんでもない。と、この時は思っていました。
「いらっしゃい」
今度はお姉さんが迎えてくれました。お姉さんもわたしより2、3歳年上ぐらいです。女性の前で「わたしは女装します」と言ってるんですから、とんでもないくらいな恥ずかしさを覚えるんじゃないかとも思ったのですがそんなことはありませんでした。部屋の中が乙女チックなピンクっぽい雰囲気です。これは完全に変態の領域に足を踏み入れてしまったようです。来なけりゃよかったとも後悔しましたがもうここまで来たら戻れません。
「お洋服は持ってるみたいだけど、レンタルのお洋服もあるのよ」
レンタル衣装のカタログを渡されましたが、
「いいえ、これでいいです」
と、わたしは持参したTブラウス・スカートの女装でいいと告げました。
「じゃあ、この中で着替えて」
お姉さんはわたしをフィッティングスペースの中へ送り込み
「着替え終わったら言ってね」
とカーテンを閉めました。
わたしは着ていた服を脱ぎましたが、ここからさきはよくわかりませんでした。辛うじてショーツを履いてからパンストを履くぐらいは何とか履けましたが、ブラジャーがよくわかりませんでした、フロント式ホックのブラでしたが閉じられたフロント部分をどうやって開けたらいいか、わからずに、結局、ホックを閉じたまま両脚からブラの中に入り胸まで引き上げてからストラップに両腕を通しました。そして4万円のTブラウス&スカートを着終えました。そしてまた、ここからどうしたらいいんでしょうか。わたしはこれまで女性服を着たところを誰にも見せたことがないのです。わたしがフィッティングスペースから恥ずかしくてなかなか出れないでいると、
「どう?着終わった?」
とさっきのお姉さん。
「は、はい」
とわたしが返事すると
シャーッとカーテンが開けられました。この時のわたしは、別に「完全女装」が何が何でもやりたくて来たわけじゃないから、変態行為をやらなくてもすむのなら、このまま出なくてもいいと考えていたのかもしれません。
「さっさとしなさい」と、お姉さんの目が言っています。恥ずかしさでわたしの顔は赤くなっているみたいでした。
「じゃあ、そこへ座って」
とドレッサー前のスツールに座らせられました。この時点でも、この1回切りという覚悟でした。
首にはケープ、頭にはウィッグネットを被せられました。こうなるともう、「やっぱりやめます」とは絶対に言えません。とうとうわたしの「完全女装」という変態行為が始まってしまったのでした。
この後は、おそらく化粧水、乳液、髭隠し、リキッドファンデーション、パウダーファンデーションとベースメイクが施されていったものと思います。見慣れているわたしの顔の特徴がいくらか徐々に薄くなっていくようなそんな感じがしました。
「これが女装メイクか・・・」
続いてアイメイクです。
ブロウ、シャドウ、ライン、マスカラ、つけまつ毛・・・と
でも、メイクしてもらっているのに、全く、美人になっていきません。メイクはまったくの素人の私でしたが、そのくらいはわかります。いつもの顔にメイクアイテムが乗っていくだけという感じでした。
チークとリップを終えて、お姉さんがブラシを元あった場所に戻しました。
「まさか、これでメイクが終わったの?」と思いました。
鏡に映ったわたしの顔は目はケバいし、唇は真っ赤っか。
「どれがいい?」
お姉さんはわたしにウイッグを選ぶよう促しました。
なるほど、もしかしたら、ウイッグを被ったとたんに美人になれる。女装とはそんなものなのかもしれない。と思い、わたしは肩まで届くストレートのウイッグを選びました。
そのウイッグを被せられたわたしには前髪が邪魔になって、前の鏡が見えませんでしたが、その前髪も整えられて、目の前の鏡の中の私の顔も次第に見えてきました。
「げげっ!!なんじゃこりゃ」
ウィッを被せてもらって完成したわたしの女装を鏡で見たときの感想でした。もしかしたら最後にウィッグを被れば大逆転があるかもしれないという一縷の望みが打ち砕かれました。
「じゃあ、これを履いて、あちらで、ごゆっくり」
お姉さんは白いポインテッドトゥパンプスをあてがってくれました。ヒール高10cmはあったと思います。初めてハイヒールを履いたのはこれが初めてでした。
「おっとっと」
よろよろと、お姉さんに指示されたソファのところまで歩いて腰をおろしましたが、これから何をどうしたらいいんでしょうか。女装が完成した自分の姿を見て、「これじゃあ、来るんじゃなかった」と思いました。4万円もしたTブラウス・スカートはいったい何だったのでしょうか。「ワンピースだったら4着は買えたのに」「トップス&スカートだったら4セットは買えたのに」。
この時はどう考えていたんでしょうか。もう「完全女装」」はこりごりだと、もう二度とすることはないだろうと考えていたはずです。美人になれないのならばやっても意味がありません。「首下」もこれを機に辞めようと決断すればいいことのように思えます。
ソファの傍の壁が大きな鏡になっていたので、女装した自分の姿を見て過ごすしかありません。納得はいかなくても現実は受け止めなくてはなりません。自分とにらめっこの状態が続きました。
わたしの他にも何人かの女装を楽しむお客さんがいました。かなり慣れているベテランさんのようでメイクはご自分でされていました。ドライブに行くとのこと。
「えっ、ドライブ!! 女装で?」
わたしは驚愕しました。今では女装の楽しみ方として、外出は当たり前のことですが、当時のわたしには女装して外出なんて信じられませんでした。
わたしも誘われましたが、とんでもありません。断りました。
その後は、ただソファに座って、傍の鏡に映った自分の姿を眺めていました。眺めているうちに髪をかき上げてみたり、微笑んでみたりしてみたくなりましたが、さっきのお姉さんが見ているので、恥ずかしくてできません。
「写真を撮りましょうか」
おねえさんがポラロイドカメラを持って声掛けしてくれました。
「えっ」
わたしは一瞬迷いました。こんな姿を写真に撮って残すなんてとんでもないと。でもせっかく来たんだから記念にと1枚。
スタッフはさっきのお姉さんともう一人20歳ぐらいの若い女の子がいて、
「かわいいわね」
とさっきの写真をじっと見入っているわたしに声掛けしてくれました。
「背筋を伸ばしたら綺麗に撮れるわよ」
と背筋を伸ばして1枚。
「うわあ、ほら見てきれいよ」
「え、そうですか」
気を良くしたわたしは
「立ってもいいですか」
と今度は立って撮ってもらおうとしました。
「足はこうして。そう。そう。もっと。それはやり過ぎ・・・」
わたしはパニオン立ちを教えてもらって、また1枚。
「うわあ、ほら見てきれいでしょ」
そう言われてみれば、きれいに見えます。でもこの写真はこれからどうしたらいいのでしょうか。誰にも見られないように隠し続けなければいけません。
さっきのお客さんが外出から帰って来られました。ピンクのノーカラージャケットとタイトスカートのスーツを召されていました。はっきり言って美人ではありません。一目で女装とわかるそんな女装でした。
「一緒に来たらよかったのに。楽しかったわよ」
と、
わたしは、今日、初めて完全女装したことを話しました。
「そう」
「でも、今日が最初で最後です」
と今日限りでこれからすることはないと話しました。
「せっかく女装したんだから、これからもやったらいいよ。もったいないよ楽しいよ」
「いいえ」「辞めます」「しません」「この服も捨てます」とわたしは頑なに答えました。
「うわ、もったいない」とそれを聞いた若い方の女の子。
「じゃあ、あげる」と言おうかと思いましたが、4万円という値段に躊躇してしまいました。
「続けたらいいじゃない。楽しいよ」
と女の子。
わたしは女装のお客さんを何とか振り切ることができました。女装を楽しむ人などとは関わりたくないというのがこの時の私の気持ちでした。申し訳なく思います。
女性服に興味があっても「完全女装」することの真の楽しさなどこの時のわたしにはわかりませんでした。わかろうとも思いませんでした。女性服への興味を断ち切ることができる方法は何かないのか、それがまた大きな興味の一つでした。
それでも、ただひたすらに鏡をじっと見ているわけにもいきませんから、せっかく来たんだからと、レンタル衣装のワンピースに着替えて写真を1枚撮ってもらい、クレンジングクリームでのメイクダウンの仕方を教えてもらって、元のB面に戻ってからルームからショップへ出ました。 ブラ&ショーツ、パンスト、メイク料、レンタルウイッグ、レンタル衣装、ポラロイド写真で約1万円の出費でした。
ここへ来たことを後悔していました。「完全女装」の出来はとんでもない女装だったし、エリザベスという変態しか来ない所へわたしもとうとう来てしまったということは紛れもない事実になってしまいました。ここからさっさと立ち去って、手持ちの首下用女性服もただちに処分するべく行動に移すべきだったかもしれませんが、せっかく来たんだからとショップ内の商品を見てみることにしました。まだ所有していない商品の女性服をじっくりと触ったり眺めたりできる機会はめったにありませんし、ドレス、ワンピース、スカート、ブラウス、下着、靴、バッグ、ウイッグ、メイク用品と、品数は決して多くはありませんが一通りすべて揃っています。このときのわたしは下着、靴、バッグ、ウイッグ、メイク用品には全く興味はなかったように思います。「完全女装」が全くの期待外れに終わってしまったというのもあったかもしれませんが、やはり興味はドレス、ワンピース、スカート、ブラウスなどのアウター類でした。「首下」だけはこれからも続けようなどと考えていたのでしょうか。
値段が全般的に高いなという印象でした。スーツやワンピースが1~3万円、高いものはもっとします。特定趣味者である女装趣味者を限定してターゲットとしているので一般の相場よりも高いのは当然でしょう。
ショップ内を見て回るとフィッティングルームがあってそこに「メイクをしたままでの試着はお断りします」との注意書きがあります。なるほど、メイクをしたままだと商品にメイクが付いてしまったりするからでしょう。では、メイクをしていない状態での試着はどうなのでしょうか?
「あのー、気に入ったのがあったら試着とかしてもいいですか?」
兄ちゃんにと聞くと
「いいですよ」
とのこと。
わたしはドレスも試着してみたかったのですが、買う気もないのにそこまではできません。
ワンピースとスーツを5、6着ほど試着しました。高価な感じの女性服なんですが特に感激などはありませんでした。今思えば、当時のわたしにとっては一人っきりで女性服を身に着けることが目的でそれさえ達成すればそこで満足だったのではないかと思います。今であれば女性服を試着する機会があれば、持っているウイッグ、メイクテク、下着、靴、バッグとの組み合わせを当然考えるでしょうし、それを着て完成した女装をどこで誰に見せるか、どこを出歩くかなどを思い浮かべながら試着することでしょうし、試着によって「こういう服は似合わない、やめたほうがいい」とか「こういう服ならやっぱり似合う」とか「こういう服も、今後、新たな女装路線を考えるときに候補として検討しなければいけないな」など考えると思います。
たくさん試着するだけ試着して、何も買わずに帰るのも悪いと考えたわたしは何か買わないといけないと思いました。ここでさっき女装するのに必須ということで既にブラ&ショーツとパンストを買わされました。これからはブラ&ショーツ・パンストを着けての「首下」ができるようになったわけです。楽しいかどうかはわかりませんがバリエーションが増えたわけです。これにまだ何か加えるとしたら何がいいでしょうか。
「そうだ。スリップだ」
わたしはスリップを買って九条エリザベスを後にしました。
この時点では、完全女装しても美人にはなれないということがわかったわけですから、もう完全女装することはないと決意していました。「首下」についてはいつかは辞めなければならないでしょうが、4万円のTブラウス・スカートはまだ買ったばかりだし、今日手に入れたブラ&ショーツ、パンスト、スリップも確実に「首下」の組み合わせのバリエーションを増やしてくれるだろうし、と思って、「首下」を即刻辞めようとは考えてはいなかったと思います。
次のエリザベスはこれから約10年後。九条ではなく難波でした。