(あらすじ)
グローリア·アルティス賞を受賞して
華麗にデビューしたが
以後一曲も書けず不安感に苦しむJ
音楽的に天賦の才能を持ったS
彼らは長年の友人であり
互いの音楽的ミューズだ
Jはクラシック界の著名な教授Kを訪ねて
再び作曲を始めようとするが
毎度冷淡な評価を受け圧迫感に苛まれていた
そんな時、目の前で目撃した「死」
そして濃い血香と共に
嘘のように完成させた第1楽章
信じられないこの音楽の誕生の理由が
「死」であることを知ったKは、
曲を完成させるためにJの殺人を煽り
Jは第2楽章のために
また別の殺人を試みることになる…
果たしてJは
ソナタを完成させることができるのか?
3月27日
殺人。まずそれはいかん。無条件にいかん。
貪欲。自分のもので無いものを欲しがる貪欲さもいかん。「自分には無いんだな〜、そっかー」ってJが思えばそれで済むのに。作品が成立しないけど。
Kが芸術を隠れ蓑にした俗物に見えた。
Jの殺人を知った後、「警察に通報するのか」と尋ねられたKが答える。
「音楽家にとって曲が書けない以上の罪はない。」
毎回このセリフを聞くたびに「作曲家である前に人間だけどね。だから殺人は罪以外の何物でもない。」と心の中で補足してしまう。
音楽に命(しかも人の命)をかけるなんておばかさ〜んとは思うものの、Jは親に部屋に閉じ込められてピアノばかり弾いてたような優等生、つまり育った価値観がそれしかないような未成熟な人間じゃないか?というトークを聞いてから、少し心情を理解できるような気もする。
子供の頃から賞賛を受ける程度の優秀さは持ち合わせていたし、人からの称賛にしか自分の存在意義を見出せない人。不幸だな。
考えてみると、死が音楽になる〈ソナタ〉とホームレスが死ぬと家がリノベーションされる〈輝く虫けら〉はとても共通点があるけど、
ゲラゲラ笑いながら見たあちらとは趣がだいぶ違うので、並べるのが申し訳ないような気もする。
3月31日
とにかくJが怖かった。人が変わっていく過程がよく分かった。(変わったのか、隠れていた部分が出てきたのかはまた別の話になるが。)
前回のKは人間ぽい欲望を感じたけど、今日のKは本当は人間じゃないでしょ?と思うくらい世俗とは別レベルの欲望を感じた。
2回目なのと5列前進してよく見えて3ミリくらいは理解が増したかも。後ろ向き物語だけど…怖くてまた見たい…かもしれない。
4月7日
金曜マチネはお休みにしようと思っていたら、当日割引が出たので敢えて2階を20,000wでお買い上げ。たくさん並んでいたので心配したけど買えた。
始まると転落防止ガードが床まで下がるシステム。何も無くなるのコワっと思ったら何列かワイアーが張られていた。写真を横切る黒い線にお気づきだろうか。
舞台の前方、カーペットの角を隠しているガード上部(黒いバー)の下から1階の1列目が見える。
途中退場したくなったら怖いから這って出ようと思ったり(出ないけど)、なぜかワクワクした2階の最前列だった。
ノーカットだとこのくらい。
5月8日
私的5月の日程スタートを飾るソナタ!
遅れて参加のジチョルさん初日。ジチョルさん素敵。ジチョルさん声いい。ジチョルさん好き。
死者たちの声が再び聞こえてきて最終章を書いてる時、目から狂気が吹き出してて、これがあのジチョルさんなのっとなった。
3人のバランスが良くて凄く好きだった。
その方向は違っても、切羽詰まった重さと言うか、それぞれが抱えている切実さがあまり変わらない。
人間的なK で、JとKの劣等感欠乏感がそっくり。自分に似ているから弟子にしたと言う言葉に一番真実味を感じた。
そしてジチョルJはとても優等生ぽかった。
ギョンスさんに堕ちたのはソフトな癒しの〈ラフマニノフ〉ダール先生だったけど、ムチのように激しく緊迫した歌唱も素敵なんだと知った夜。ちょっとピルソクさんと似通った両面性?
前回は2階の1列目。カテコデーの写真を見ると2階の転落防止柵に遮られてカーペットの角が見えない。当然横たわる顔も見えなかった。
今日は2階4列目。視野は爽快。写真は無いけど舞台のヘリまで、横たわってもすべて見えた。高さは…仕方ない。
ピアノを弾く手も両方見えます。
5月15日
ソナタを見る理由である四男にようやく再会。
月曜と金曜マチネやっているほぼ唯一の作品なので、何だかんだ5回も見てしまった。
ムン・テユさんを見た時に初回のヒョンソクJと演じ方が違う気がしたが、やはり今回もそう感じる。ソクJはオドオド焦ってる雰囲気が最初からあまり変わらない。
ストーリーはそうやってああなってこうなるのだけど、とにかく最後の思い出の中のJなのかな?その屈託のない笑顔がたまらない。
可愛い作品やってくれー‼️
情の深いシアンKとコンビで 〈もしハピ〉のオリバーとジェイムスをやって欲しい。