〈ブラック・メリーポピンズ〉を見た。3回。
はっきり言って、ハマった。
頭の中で3拍子のリズムが途切れない。
陰鬱で物悲しいのに、とても美しいナンバー。
なんだろう。オルゴールの響きに似ている?
動悸が早まりそうな緊迫したナンバーも良き。
長男らしくあろうとするハンス。事件当時なりたての15才。理論的判断を駆使してリーダーシップを取ろうとしたところで、所詮は中学生くらいの年齢なわけで。
ドビンハンスはちょっと嫌な奴だったりするけど、対処しきれない大事件と抱えきれないプレッシャーの中で必死に頑張ったと思うと、哀れだ。
実年齢が一番高そうなミンソンハンスが、セリフの中で「僕はもう15才なんだぞ!」とわざわざ解説を入れてるのがおかしかった。ドビンハンスは言ってなかったと思う。見ていないユルハンスはどうだったんだろう?
芸術家肌の次男ヘルマン。理屈で考えたハンスの計画に、本能的に異議を唱える。
彼の言う通り、すぐに逃げていたらどうなっていただろう。最後の実験は行われなかったかもしれないが、結局は捕まってしまうだろうし、秘密を知った「標本集団」をナチスがどう扱うか、考えるのも恐ろしい。
「標本集団」というのは、最後の方でハンスがメリーを問い詰めた時に、メリーがふっと漏らす言葉だ。聞き取れなかったこの言葉の正体を知った時、非人間的な恐ろしさに改めてぞっとした。
メリーはそんな非人間的で強大な組織から彼らを守ろうとしたわけだ。壮絶。
ヘルマンとアンナの美しくも悲しいデュエットには特徴的な動作がつけられている。不思議な動きだが心情が良く表れていて切ない。
自分の心が自分では理解できない動きをする、自分の望みとは異なる感情に支配されてしまうのは耐え難い状態だろう。それが現れてしまう自分の作品を好きになれないのも悲劇。
ヘインアンナで注目したのは、記憶を取り戻していく経過の演技だ。
兄たちが当時の様子を推測しながら激しく語り合う(歌い合う?)のを聞きながら、何かを思い出していく過程がありありと見てとれる。追い詰められたような表情。
アンナの泳ぐ視線がふっとヨナスの視線を捉えると、おののきながら2人の会話が始まっていく。無言で。
(思い出しちゃったの?)
(あなたも覚えているのね?!)
自分に対する実験を思い出したアンナは呆然としたような、諦めたような、悲しいような表情で立ち上がる。
目を見開いたまま正面を向き、何が起きたかを語り始める前にぎゅっと目を閉じるのだが、この時ハラハラと流れる涙がとても効果的。
実際に何があったのかを例によって特徴的な動きで表現しているのだが、節制された動きの中で瞬間的に激しくなるメリハリが、アンナの衝撃を良く伝えていると思った。
ヨナスだが、断片的な映像を見る限り、神経症を患い全てに怯えているキャラクターという印象だったし、実際それに近かった。3回目を見るまでは。
ある意味どれほど病的な演技ができるかがヨナス俳優の評価になる気がしていたのだが、ジョンウォンヨナスはそんなに怯えていないヨナスだった。
なんだかつまらない?と思いながら見ていたら、だんだんと「これはアリかも!」という気がしてきた。
以前のバージョンは知らないが、少なくとも今回ヨナスだけは記憶を失っていない。
他の兄弟たちが正体の分からない何かに苦しみながら生きてきたとすれば、彼1人は真実を胸に秘めて苦しんできたと言える。
それは、父親代わりの人の暴力、母親のように慕っていたメリーは自分たちを救うために罪を被って失踪、そして何よりも自分が殺人を犯したという事実。そして兄弟たちにはその記憶が無いから、誰にも言えずに1人で背負うしかない。しかもハンスは方向違いにもメリーが犯人だと証明しようとしている。
記憶を取り戻していくアンナを見ているヨナスの演技は見応えがあった。それ以前にもアンナの様子をチラチラと伺っていたような気もする。もしくは蹂躙された姉を直視できなかったのかも。
すべてを記憶している存在として見ていると、それまで気づかなかった表情がたくさん見えてきた。
神経を病むには十分すぎる状況ではあるし、病んでいるのは確かだが、ただ受動的にオロオロしているだけのヨナスではないはずだ。何らかの意思、強さが垣間見えるのも正解な気がした。
今回は語り部としての役割もあったので独白部分が多かった。語り部ハンス、語り部ヘルマンのバージョンも見比べてみたい。それぞれのバージョン10周年とかで上演されますように。そしてその時は飛べますように。