ハーセプチンとドセタキセルの2剤を投下して2週間。いよいよ恐れていた脱毛が始まる。
まだバッサバッサという感じではないのだが、手ぐしを通すと必ず10〜20本前後が指の間についてくるといった塩梅。
前回は「どうせ抜けるのだから」と、先んじて9mmの丸刈りにしていたら、脱毛中に大量の短い毛が枕や布団に刺さりまくって大変だったので、もう悪あがきはしない。
薬剤師のKさんによると、最後は風が吹いても抜けるくらい儚い状態になるそうなので、強風の日に帽子を取ったらザーッと毛が飛んでつるっ禿げになるような動画が撮れるよう、今は温存に努めている。
右手にタンポポの綿毛なんか持っていたら、よりシュールな絵面になりそうだ。
昨夜は医療用ウィッグで有名な、スヴェンソン社製の紙製ヘアキャップを被って寝た。ちなみにこのキャップは抜け毛を防ぐためのものではなく、抜けた毛が飛散するのを防ぐためのもの。
入院中にKさんが試供品を差し入れて下さったのだが、最近は朝起きると枕についた抜け毛を集めることが日課になりつつあるので、思いのほか重宝している。
もういっそのこと抜けるならとっとと抜けて欲しいし、抜けないなら最後までがんばって欲しい。
中途半端に残って、落武者のような頭になるのだけは勘弁して欲しい。
受け付け前は当然、採血もセットと思い込んでいたのだが、なんと今回は前々日に別の科で受けた検査結果を参照して下さるとのこと。
なんて患者思いなんだろう。
メインの耳鼻科では「追加検査」という名目で、複数回、針を刺されることも珍しくないというのに。
ただし気分が上がったのはこの一瞬で、残りの時間は自分の耳を疑うような診断結果のオンパレード。
特に腎機能の悪化は深刻とのことで、デスクに両肘をつき頭を抱えながら
「う〜ん、う〜ん」
と唸るN医師の姿を前に、オレは少しでも場を和ませようと、
「がんばって水分を摂ってるんだけどなー」
と話しかけたのだが、
「何で水分を摂るんだ」
と、にべもない返答。
「主治医にそう言われたので」
と答えると、
「そんなことをしても、たいして意味はない」
とバッサリ。
青年Tとは折り合いが悪いのだろうか?
でもオレはこういう、嫁と姑の間で両者を立てながら立ち回るような役割は得意中の得意なので、
「何か自分で気をつけられることはありませんかねぇ?」
と、すかさず話題を切り替えて質問。
「塩分を控えることの方が重要だ」
と言うN医師の言葉に大きく頷きながら、
「承知しました。では塩分を控えつつ水分を適度に摂取するよう心がければいいのですね。ありがとうございます」
と答えた。
N医師も、
「まあ、水分を摂ることも必要だから」
と同調して下さり、事態はとりあえず収束へ向かう。
オレは一体ここへ何しに来たのであろうか。
病院を出ると、道の向かいにある喫煙スペースは昼休み中のサラリーマンで黒山の人だかり。
前に、喫煙者の数が年々減少しているという新聞記事を読んだ記憶があるのだが、こうして見るとまだまだいるな、という印象。
間にある道路が、まるで健康な人間と病人を隔てる太いラインのように思えた。
オレも向こう側の安全ゾーンから、対岸の火事を見物するようにこちらを見ている立場だったらよかったのにと思った。
