地元ローカル鉄道会社の専務(=近所の先輩)から依頼があり、駅前で催された短歌・俳句イベントにコーヒー店を出店した。
数ある飲食店の中からコーヒー屋を選んだ理由は、ただ単に喫茶店のマスターごっこをしてみたかったから。
行きつけの「ラ・メール」という喫茶店で、カウンター越しに見るマスターの立ち振る舞いに憧れて、いつかあんな風に自分の淹れたコーヒーを誰かに振る舞ってみたいと思っていたのだ。
事前に得た情報によると、他の出店は焼き鳥、串カツ、焼きそば、フライドポテトなど味濃いものばかりだったので、案外コーヒーは需要があるかも知れない。
オレはとりあえず50杯(1杯=¥200)の売り上げを目標に、材料の仕入れを行うことにした。
実行委員会発表の予定入場者数は150人なので、これでもかなり強気の数字だったと思うが、友人担当の焼きそばチームは100人前を用意したとか。
「大丈夫か?」
と友人に尋ねると、
「オレは反対した」
とのこと。
後で内輪揉めしないことを。
イベント当日、開会の2時間前に現地入りし仮設テントの中に店舗を構えた。隣は綿菓子屋、反対はおでん屋という並び。
軽トラックが行き来してクーラーボックスを下ろしたり看板を取り付けたり、皆忙しそうだ。
「面白そう」と言ってウチの娘やイカ釣り師匠Sちゃんの娘が手伝いに来たので、看板娘として雇うことにする。この子たちもお店屋さんごっこが好きなんだな、きっと。
屋号の「North Mountain Coffee」はここの地名=北山から取った。
マスターを目指しているので、抽出には当然サイフォンを使用。1度に淹れられるのはせいぜい3カップ分くらいなので、回転率を上げるためハリオの「テクニカ」というプロ用サイフォンまで追加購入し、焼きそば屋の心配をしている場合ではない経済状況に陥ってしまう。
いよいよイベントが開幕し、ステージでは入選した俳句の読み上げや表彰が始まった。
途中、雨が振り出したり表彰者が現れなかったりと小トラブルに見舞われながらも、和やかな雰囲気のうちに会は進行。余興で登壇した講談師も、出番が終わると裃姿のままワッフルを焼き始め商売に励んでいる姿がおかしい。
北山珈琲店は、ぽつりぽつりとオーダーはあるものの、2台のサイフォンがフル稼という状態には至らず、暇そうにしている3人の日雇い店員に隣の店舗から綿菓子を購入して食べさせたり、講談師のワッフルを買ったり、代わりにうちのコーヒーを買ってもらったりして、本当のお店屋さんごっこ状態に。
会場が駅なので、上りや下りの列車が入ってくる度に「乗客が買ってくれないかな」と期待するのだが、そもそも人がほとんど乗っていないところがローカル線の悲しい現実だ。
そうこうしているうちにイベントはクライマックスの大抽選会へ突入。
後半伸びると踏んだコーヒー屋は、専務提供の鉄道グッズが当たるくじ引きに観客の耳目を持って行かれ、最終的に14杯(うちテント内取り引き3杯)という期待外れの結果に終わってしまった。
敗因は何だったのか。
オレは自問自答した。
結論はすぐに導き出された。
オレは短歌・俳句の会と聞いて、年齢層高めの来場者がゆったりと作品の朗読を楽しむような会を想像した。
だが実際は、講談や地元のアマチュアバンドのパフォーマンスがメインの、夏祭りのようなイベントだったのだ。
要するにオレの調査不足。来場者のニーズと合っていなかったということだ。
商売は難しい。
上手くいったらコーヒー屋に転職しようと思っていたが、やっぱり保育士をがんばることにしよう。
オレはマスターごっこを楽しんだ満足感と、砂粒ほどの悔しさを胸に、荷物で満載になったキャリーワゴンを引いて徒歩で帰路に着いた。
