遠い意識の向こう側から名前を呼ばれてうっすらと目を開く。

「お疲れさまでしたー」
と口々に声をかけられ、手術が終わったことを悟った。

まだ油断すると行ったり来たりしそうな意識の中で壁にかかった時計に目をやると、針は7時を指していた。

あれは一体何の時間を指しているのだろう。
手術終わりは16時頃だったはずでは?

それにしても、目を開けていられないくらいに辛い。
瀕死の重症という言葉が頭をよぎるくらいの、致命的ダメージを受けた感覚が全身から伝わってくる。

朦朧とする中、青年K医師登場。
「せんせい、あいがと」
と何とか声を絞り出す。

喋ることすらままならなくなっている。

K医師は顔を近づけ、
「お疲れさまでした。10時間の大手術でした。見えているものは取り除きましたが、念のために今後放射線治療を行った方がいいと思います。」
と言って去っていった。

あの時計が指しているのは、19時ということか…。

バタバタと慌ただしく行き来する複数の足音に、術後の余韻を感じる。
頭の上の方でひっきりなしに振動しているのは、医療器具か何かだろうか。

「ご家族がいらっしゃいました」
と言われ、カーテンの向こうから妻と次男が入ってきた。

妻が泣いている。
また泣かせてしまったと思った。

次男が、
「長かったな」
と言ったので、オレは2人をなるべく心配させまいと、
「うん。よく寝たわ」
と、少しおどけて答えた。

残念ながら翌日次男に聞いた話では、顔面に玉のような汗を浮かべて全く余裕があるようには見えなかったそうだ。

2人が出ていった後、男性の看護師さんが、
「スマホ、たくさん鳴っていますよ。お取りしましょうか?」
と声をかけて下さる。

「ここで見てもいいんですか?」
と尋ねると、
「構いませんよ」
とのことで、見る気力すら湧かなかったがとりあえず枕元に置いてもらった。

振動していたのはオレのスマートフォンだったようだ。

手術中ずっと下側になっていた(と思われる)後頭部が、圧で痛い。
オレは枕を要求したが、術後は頭を上げないよう指示が出ているとのことで通らなかった。

キャンプにすら愛用の枕を持って行くほど枕にこだわりがあるため、タオル1枚のほぼフラットな状態で寝かされていることが純粋に辛い。
うっ血を防止するためのチューブが両足のふくらはぎに巻き付けられ、常にエアで収縮と解放を繰り返しているため満足に足も動かせない。

手術で出来た傷口には分泌液を体外へ排出するためのドレーンが刺し込まれ、口は酸素マスク、腕は点滴、尿道にはシーシーの管まで繋がれているのだ。
「ゆっくり休みましょう」
と言われても、ゆっくり休めるわけがないではないか。

オレは「明日には一般病棟へ戻れるはず」という看護師の曖昧な言葉を望みに、果てしない時間との闘いを覚悟した。

枕元では相変わらずスマホが振動を繰り返している。
手術時間が延びたことで、県外にいる息子たちにも余計な心配をかけたのだろう。

精も根も尽き果ててはいたが、オレは気力を振り絞ってスマホを持ち上げ、親指を立てた自撮り写真を家族のグループLINEへ投稿した。

これで少しは安心してくれるだろうか。


22時頃、再びK医師が様子を見に来て下さる。

10時間もの手術を行なった後だというのにいつまで病院にいるつもりなのだろう。


「まだ帰れないのか?

と聞くと、結婚はしているが単身赴任なので帰ってもすることが無いとのこと。

返事にまで気を遣わせてしまって申し訳ない。


真夜中、時計の針が進んだり戻ったりする幻覚を見る。

マンガなんかに出てくるタイムリープが起こって、永遠に朝が来ないのではと絶望的な気分になった。


結局この日は一睡もできずに朝を迎えた。