タクシー運転手さんのご苦労〈3〉駐車禁止 | 還暦を過ぎたトリトンのブログ

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 それは昨日のことです。

 深夜、運転手Kさんの帰還をお迎へ致しますと、黄色い駐禁の張り紙を手に、憤然としてをられます。日頃は口を開けば冗談ばかりの明るい性格のKさんだけに、よほど頭に来ることが起きたのでせう。事情を尋ねてみました。

 

 

 K運転手は兵庫県尼崎市内で乗客を乗せ、県境を越ゑた大阪市の御幣島方面へ向かひました。そのお客様も気さくな方だつたやうです。

 「あ、運転手さん、ワシと同じ苗字やな」

 「そら光栄ですわ。Kいふ名前は人材の宝庫ですからな~」

 目的地に到着する頃には両Kさんはすつかり仲良くなりました。

 「運転手さん、僅かやけど釣銭要りまへん。取つといてんか」

 「はい、ありがたうございました」

 

 良い気分でお客様を降ろしたK運転手でしたが、発車寸前に、後部座席に忘れ物のバッグを発見。

 「あっ、さつきのお客さんや!」

 停車したのは大きなアパート前でしたが、集合ポストを見ると「K」といふ家は4階に一軒あるのみ。K運転手はハザードランプを点け、エンジンをかけたまま急いで階段を昇りました。玄関チャイムを鳴らして忘れ物を届け、ふと4階から自車を見れば、何と緑の服を着た二人の駐車監視員が来て写真撮影してゐるところです。

 運転手「おーい、駐禁貼るんやめてやー。ワシ今、お客さんに忘れ物届けとるとこやがな!」

 監視員「そんなん関係あらへん。もう貼つてしもたわい」

 運転手「殺生なこと言ふな、すぐ降りるから待つてくれ」

 至つて不人情なその二人の監視員は、慌てて自転車に乗り、狭い道を逃げて行きました。たつた2分の駐禁といふ不運な出来事でした。

 

 K運転手は別に営業車を停めて、飯を食つてゐた訳ではありません。エンジンをかけたまま車を離れるのは、厳密に言へば確かに違反ではございますが、客待ちのタクシーならば皆がやつてゐることです。エンジンを切ればクーラーも切れてしまひ、次の乗客に辛い思ひをしてもらふことになります。

 その上、車を離れた目的(忘れ物)も説明し、誰が見ても一目で状況が把握できるシチュエーションです。周囲に車も無く、迷惑をかけてゐる訳でもございません。抑(そもそも)監視の目的は、弱い者いじめであつてはならないのです。

 

 

 怒りの遣り場を失つてしまつたK運転手は、所轄の西淀川警察署へ電話をし、交通課へ苦情を申し立てましたが、「監視員はうちが信用して委託してゐるので、だうすることも出来ません」といふ無情の返答でした。

 警察官「何と言ふても、車を1分でも離れたらあきませんわ」

 頭にきたKさん…

 運転手「ほな、暑さで路上に倒れた人を助けに行つても、あんたらは駐禁貼るんかいな!?」

 警察官「分からん屁理屈言ひよんな~、お前」

 運転手「お前とは何じやい、お前とは…」

 

 炎暑の中、つひ不毛の論争となつてしまひましたが、結局、罰金納付書はタクシー会社へ送られ、罰金を払へば点数を引かないといふ、ごく通常の決着となりました。

 Kさんは15,000円の罰金を払ふことになりました。現状、タクシー運転手が15,000円を稼ぎ出すのは並大抵の事ではなく、12時間は余計に働かねばなりません。

 

 穿(うが)つた見方をすれば、乗せたお客様が同じK姓であつたことから、アパートの部屋を割り出した。お客様の苗字を知らなければアパートを訪ねることも無かつたのです。

 言はば親切で良い行なひをした為に自分が損を被つたところが、結果的に今回の事件のやるせなさに繋がつた訳でございます。

 しかしながら性格明朗にして人情深いKさんなればこそ、早く立ち直つて「わが街の名物運転手さん」の道を進んで頂きたい、それが私のささやかな願ひです。

 

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