そもそも「初めてのアルバイト」は一つの筈ですね。されど短期間のアルバイトばかりやつてゐた私にとつては、梅沢富美男氏の歌ぢやありませんが、「バイトはいつでも初舞台」なのでありました。
大学の部活の先輩から「我と一緒に働かむ」とお誘ひを受けて、夏休み期間に神戸大丸百貨店へアルバイトに参りましたのは大学一回生の時でありました。それまで単発でキツい替はりに給料の良かつたアルバイトに慣れてをりました私は、面接の際に驚きました。1日8時間労働で、何と2,450円といふ安さだつたのです。時給にして300円強、これは当時大丸百貨店が直接雇用する従業員の金額でした。
配属部署は「出納部」といふ現金を扱ふ所で、一日中お日様が拝めない、暗い職場でありました。女性社員が95%を占め。しかも、ワイシャツにネクタイを締めなければなりません。この職場には何故か「部長」が3人も居られました。どの人が一番偉いのか分かりません。しかし、百貨店の店の全売り上げが集まる重要な部署ですので、まるで銀行のやうに厳格な雰囲気がありました。
私ども学生アルバイトの最も重要な仕事は、「現金先入れ」と言ひ、午後3時頃に現金輸送ワゴンを引いて店内を回り、売上の札束を集めて運ぶ女性社員をガードすることでした。それ以外は札を数ゑたり、商品券を売り場に運んだり… 何しろ埃つぽい百貨店ですから、1週間もすれば、三つ編みが出来るくらひ鼻毛が伸びたものです。
3週間ほどで「先輩、この仕事向きませんわ」と泣きを入れ、大丸百貨店でもつと他に何か仕事はないかと探した処、回つてきたのは「屋上遊園地」でした。こちらは1日3,500円です。
「やつとお天道様を拝めるわ~」と向かつた初日、ウルトラマンショーが待つてをりました。着ぐるみです。しかもゴムみたひな樹脂製で、風通しは最悪です。
私が担当しましたのはウルトラマンに退治されるバルタン星人でした。カッコいいウルトラマンに殴られ蹴られ、倒れた処へ岩の塊(貼りボテ)を投げつけられ、いさぎよく退散する迄はシナリオ通りです。
問題はショー後半の「ウルトラマンと握手」の会でした。ウルトラマン役の者が子どもを抱いて写真を撮つたり、握手してをります。その一方でバルタン星人の私を見ると、幼稚園から小学校低学年のガキどもが叩いたり蹴つたり襲つてくるのです。あの目は本気ですわ~。別に痛くも痒くもありませんが、屈辱感と恥づかしさに囚はれます。相手はお客様の子らですので、まさか仕返しする訳にも参らず、泣き寝入りです(涙)。まあ、それは別にしても、8月の炎天下で着ぐるみの暑いこと…。
そのやうな中、一度だけ良いことがありました。前回に引き続きまたも中華料理なのですが…。
神戸大丸百貨店からスクランブル信号を西へ渡りますと、有名な南京街がございます。まだ関帝廟が設立されてゐない頃です。先述の出納部の一人の部長(女性)とK課長が昼食に連れて行つて下さいましたのは、広東料理の「民生」といふ店でした(上写真は現在)。この店は今でも中華街内でトップクラスで繁盛致してをりますが、当時(40年前)は店内も周囲も、それはそれは汚くて暗い処でありました。それでも、鉄製の保温皿に載つて出される肉団子、海老チリは至極美味でしたよ。