蔵の在る家〈8〉ーー非日常的な出来事 その2 | 還暦を過ぎたトリトンのブログ

還暦を過ぎたトリトンのブログ

団塊世代よりも年下で、
でも新人類より年上で…
昭和30年代生まれの価値観にこだはります

 

 質屋が相手にするのは、もちろん人様です。

 でもその基本はモノ(質草)の価値に有ります。質草をその時点でお金に換算し、その価格内で質屋側と借り主側とが折衝して、いくらの金銭を融通するかを決める場が質屋であります。

 

 お客様が当座の僅かの金額を借りたい場合は、何の問題もございませんが、殆どの場合は目一杯借りることを希望されます。

 

 無論、借りる側(お客様)は「絶対に流さないから…」と主張しますし、その一方、貸す側(質屋)は、客の言葉とは裏腹に流された場合を想定した上で、処分した場合にきちんと元がとれるかどうかを判断し、融資額を算出するわけです。

 

 お客様は、目一杯借りるために演技をなさいます。

 「泣く客、怒る客」でもご紹介致しましたやうに、いかにも困つた顔をしたり、半泣きになつたり、また逆に怒つたり、脅かしたりする人もいらつしやいます。

 

 

 直接脅かされた訳ではございませんが、充分威力を発揮する質草を持ち込むお客様もありました。と言ひましても、銃器や刀剣類ではありません。

 ズボンのベルトだつたのです。

 

 問題はそのベルトのバックルでした。

 或る任侠団体の象徴であります「代紋」がデザインしてありました。

 材質は高価な金・白金・ダイヤモンドが、惜しげもなく、ふんだんに使用されてをります。神戸市の或る有名親分の名前が二文字入つてをりました。

 ベルトそのものも最高級の海亀製でありました。

 お客様はかなり若い人で、いづれかと言ふと、斯様な豪華なベルトが似合ふにはあと20年はかかるのではないかといふ印象がありました。

 

 その若者が父にひと言「代紋、入つとるやろ」とつぶやくのでした。 

 ところが、私の父の答へは「ん?ダイモンて何?」

 

 父は任侠の世界などには大変疎い小市民でありました為に、折角の威力も効果を発揮せぬままに終はりました。それでも数十万円を貸し付ける契約を提示し、若者は同意したのです。

 

 さうです、知らない者こそが質屋では強いのであります。なまじ、私のやうに実話雑誌が大好きな者が質屋をやつてゐたならば、代紋に目がくらみ更に10万円は上積みしてをつたかもしれません。余計な知識はこの商売では邪魔なのです。冒頭で申し上げましたやうに「基本はモノ(質草)の価値」なのですね。

 

 

 後日、このベルトの本当の持ち主らしきお客様が、別件でお金を借りに来られました。

 「親父さん、代紋入りのベルト預かつとるやろ」と、申し出られましたが、既に年月も経過し、その頃には莫大な利子が付いてをりました。さすがに父も、このベルトをすぐに売却する度胸は無かつたやうで、暫く保存してゐたのです。でも結局この質草を出す経済力の有る人は現はれませんでした。

 

 父さん、結局あのベルト、何処へいつたのでせうね~。

ペタしてね