蔵の在る家〈3〉ーー禁制品 | 還暦を過ぎたトリトンのブログ

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団塊世代よりも年下で、
でも新人類より年上で…
昭和30年代生まれの価値観にこだはります

 

 それがしが「父の商道修行途中の失敗」を勝手な解釈で思ひ出す中で、最も古いものは「禁制品」です。

 

 質商を営んでをる中で、決して預かつてはならぬものがあるのです。

 

 一つは盗品(贓物/ぞうぶつ…と読む)です。窃盗罪や遺失物横領を犯して持ち込まれたものは、知らずに質店が預かつて金を貸したとしても、警察官が来て無条件に取り上げてしまひます。法的には、被害者に民法上の回復請求権があるからださうです。でも実際、今ここに持ち込まれた品物が盗品かだうかは判断がつきかねます。

 そこで判断材料としては、まず盗んだ品物の特徴等が書かれた一覧表(しなぶれ…といふ)が所轄警察署から届いてをれば、其れを見ます。しかし犯人が盗んだ直後に質屋へ預けに来た場合はどうするのか… 例へば父の場合は、持ち込んだ客が若いのに、それに似合はぬ高価な品物を持参した場合は「勘」を頼りに融資するや否やを決めると聞きました。でもこれが年相応であれば判断がつきませんね。

 

 面白いことに、詐欺罪や業務上横領で持ち込まれた品物は、盗品とは異なり無条件に取り上げられることはないらしいです。よくあつたのは、キャッシュカードで買つた電化製品です。客が新品のステレオを質草として持ち込んで来たのですが、保証書を見ると今日の日付が書いてあります。先刻、家電ショップでカードで買つたその足で質屋へ持つて来た訳ですから、もう本人も支払ふつもりが無いのでせう。恐らくそのまま逃げてカード破産に持ち込むものと想像されます。質屋としては「怪しいなあ」と思ふわけですが、盗品ではないので没収されることもなく、質草として預かることになります。

 

 そのやうな訳ですから、質屋には常時、所轄の警察官(刑事課)が出入りし、怪しい品物が無いかどうか台帳を閲覧に参ります。私がまだ幼稚園児か小学生の頃、そんなお巡りさんの膝の上で遊んでもらつた思ひ出が、おぼろげにございます。

 彼らにしても、殺風景で上司の目が光つてゐるやうな警察署に居るよりも、訪ねればお茶や菓子を出してくれて、私みたひに可愛い(?)子供が居て、あはよくば昼寝が出来る場所が確保できる…そんな質屋に入り浸る方が楽しいに違ひありません。

 

 そんな或る日、のんびり台帳を眺めていたお巡りさんの目がギラリと光りました。

 「ご主人、これ猟銃と違ふ? こないなもん、預かつたらあかんでー」

 父もまだ若かつたので、銃刀法のことをよく知らなかつたのでせう。銃器を質草に預かつてしまつたのです。

 彼はたちどころに、その猟銃を父から取り上げて署へ帰つてゆきました。

 

 

 この彼が、狩猟が趣味だつたことは存じませんでした。他日、1羽の大きなキジを仕留めて、うちへ訪ねて来られたのです。生まれて初めて目にしたそのキジは頭が緑色、目の周囲は赤色でした。彼はうちの裏庭で手慣れた感じで頭を斬り落とし、大量の羽根をむしり取つて、鳥鍋用とバーベキュー用の肉を捌いてくれました。塩胡椒で味付けしたバーベキューの濃厚な味は、今もかすかに覚ゑてをります。

 

 これは50数年も昔の思ひ出ですが、今となつては少々疑問もございます。まず、あのキジは、まさか当方から没収した猟銃で撃ち捕つたのではあるまいな…。もう一つは、キジつて、天然記念物やなかつたつけ…。

 でも、もう時効ですよね…。

 

 PS……このキジの羽根は、それはそれは美しいものでした。その翌年の夏休みに「工作」の宿題が出ましたが、兄は壷の形をした竹籠を逆さにして顔に見立て、目を付けたり顔に絵の具を塗り、さらにこの羽根を大量に盛りつけ、「インデアンの酋長」といふ題名で出品。見事「優秀賞」を勝ち取つたのでした。よくテレビで料理人が「牛は捨てるところが無い」「フグは捨てるところが無い」と申しますが、キジも捨てるところがなかつたのでした。めでたし、めでたし…

          (もう少し続く予感)

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