中学校の英語の教科書に掲載されてゐた小話を、ふと思ひ出しました。処どころ失念してをるのですが、概略、以下のやうな内容だつたと存じます。
この話はアメリカ大統領の中でも、何代目だつたか、兎に角、歴史的にあまり名が知られてゐない方です。彼がある日、自らの出身地の地方議員や支持者を招き、昼食会を催したさうです。ところが何しろ、田舎の人たちばかりなので、改まつた公的会食の作法をほとんど知りません。皆で額を寄せて思案した結果、おらが大統領を真似て、同じ順序で、同じ料理を、同じ作法で食べようといふことになりました。
食事会はつつがなく進み、あとは珈琲だけといふことになりました。
さて大統領は、傍らに有つたフィンガーボウル用の小皿にミルクをたつぷり注ぎました。その中に砂糖をたつぷり入れて、匙でかき混ぜてゐるのを見た列席の人々は不審に思ひましたが、仕方なく同じことを真似て行ないます。
すると大統領はおもむろに、その皿を持つて後ろを振り向き、そこに坐つてゐた愛猫に与えたのです。皆、唖然です。食事会を終へた会場のテーブルには、沢山のミルク入りフィンガーボウルが置かれてゐたといふ、滑稽なエピソードでした。
猫好きの米大統領といへばエイブラハム・リンカーン(16代)が知られてをり、ホワイトハウスで初めて猫を飼つたのださうです。セオドア・ローズベルト(26代)も部類の猫好きでした。
逆に猫嫌ひはドワイト・アイゼンハワー(34代)で、庭に忍び込んできた猫をライフルで狙ふ趣味があつたとか…。(ちなみに現在のドナルド・トランプ大統領は45代目となります。猫好きかどうかは存じません)
フィンガーボウルの逸話と言へば、荒木貞夫(1877-1966)陸軍大臣も知られてをります。彼が招いた晩餐会で、客の一人が使用法を知らずにボウルの水を飲み干したところ、その客に恥をかかせまいと、荒木も水を飲んださうです。当時この一件は美談として伝へられ、絵本にもなつたといふ話が伝はつてをります。
フィンガーボウルではありませんが、私も似た経験がございます。小学生の頃、JR立花駅前に「新東洋」といふ中華料理店が開店、家族で夕食に参りました。
最後のデザートに大学芋が出て参りました。サツマイモを油で揚げて、蜜を絡めた料理ですね。傍らに椀が置いてあり、中に水が入つてをりました。家族4人と叔父の5人で首をかしげてその用途を考へましたが、一向に解らない。叔父が「こうするんやろ」と言つて、吸つてゐた煙草を投げ入れました。まさか…とは思ひましたが、手遅れです。
出来たて熱々の大学芋の蜜(飴)は柔らかいので、その芋を冷水に颯つとくぐらせて、飴を冷やして固めてから食す…といふ、真の用途を知るのは数年後のことでした。
己の不勉強を棚に上げる訳ではありませんが、案外、世間の「常識」といふものは、一概に知らざれば恥といふ程のことは無いのやもしれませんね。
(文中敬称略)