起業から、経営者へ、そして・・・ -12ページ目

起業から、経営者へ、そして・・・

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耕一は、会議室で集まった一同を見渡した・・・


耕一「本日は、いよいよH社の仕事の取りまとめに入る打合せとなります。しかしながら、その前に皆さんの意見を伺いたいです。それは、本件を今後引き続き継続して請けるか否か?です・・・」

増田「請けるって、どういうことですか?具体的には?」

耕一「この先の、H社の電子カルテシステムの販売に関わるか?どうかです。」

増田「それは、どうやろな?先日の話でも、いきなり営業成果重視なら、スタートそのものが違ってくるやろ?」

須藤「今回、俺たちの請けたのはまずは『調査』で、その次は『企画・立案』が順当ではないでしょうか?」

増田「そうやわ!あの会社、その前に『文化』を変えんと、あかんで~!」

耕一「・・・・・」

荒井「しかし、今回のワークで非常にいい情報も集まりましたよね?それに、現時点でこの情報は価値もあるし、有用ですよ・・・」

それぞれが、個々に色んな意見が出始めた・・・雑談のような雰囲気になった。耕一は、予想していた通りではあったが、話の方向性をどうするか思案していた・・・

そこへ、小田が会議室に入ってきた。

小田「あの~、お弁当の用意が出来ましたけど・・・」

耕一「そうか・・・皆さん、この場ではアルコールは飲めませんが、一旦休憩と言う事でお食事をしましょう。今日は、デパ地下のうなぎを用意しました。話し合いは、その後で再開します・・・」

一同は、一旦休憩に入った。

須藤と耕一は、灰皿のある場所で一緒に煙草を吸った・・・

須藤「中澤さん、この仕事の運びもチームも、そこそこいい線いってるよ。やっぱ、冴えは生きてるね・・・」

耕一「いや~、お褒めに預かって光栄だが、何も出ないよ・・・(笑)」

須藤「いや、こんな仕事の進め方出来るなら、もっと面白い仕事も出来ると思うよ・・・」

そう言いながら、みなと一緒に、食事を取った。(続)


耕一は、小田と銀座の事務所に戻った・・・


耕一が、小田を連れて行ったのは、自分の為でもあった・・・もし、会話の中で興奮する事があれば、自分一人であれば、収拾つかなくなる。しかし、小田が横に居れば、強いて冷静さを保つ事が出来た・・・

耕一は、H社での打合せでの佐山の態度が一番気に入らなかった。一方の鈴木氏は、ある程度物事の見極めが出来ていると思った。

しかし、今のH社の現状は大変厳しい。そう、このように大手企業の組織内では右往左往する事が起こり、上からの圧力で全て片付けられる。今回もそうだ。結局のところ、何が問題で、その原因はハッキリ見極めようとせず、結果だけを求めて、現状維持か、自己保全が全ての価値観にすり替えられる・・・・

この、H社の電子カルテの問題点は以下の3つであった。

1.システムの基本仕様が未確立--→一番の問題は現場でのクライアントとの打合せが出来ていない。開発費に制限がある上に、何をどう作るかがハッキリしていない。

2.既存のビジネス(レセプトシステム)との連動や、継続、拡張性に対して真剣に取り組んでいない。--→ユーザーメンテナンス不足で、リピーターとなるはずの顧客が、競合に奪われている。

3.開発=製造→販売=営業→サポート=保守との連携において、役割分担と責任分担が出来ていない。--→場当たり的な組織の拡充と人材の登用において、現場は混乱しっぱなし・・・

これに加えて、競合他社の情報は不足している。また、営業方針も固まっていない。決定的なのが、予算計画があいまいであった。

一番は、ハッキリした数値目標が無い(?)以上、誰にも責任は無いような空気でもあった。・・・果たしてどうだろうか?旧態前とした日本の企業における、問題点の本質として、あまり変わらない話では無かろうか?


耕一は、考えた・・・どうすべきか?・・・(続)


耕一は、H社へアポイントを入れた・・・


2日後・・・耕一は、小田を連れて東京都神田(鎌倉橋)にあるH社を訪れた。

2人は、会議室に通された。暫くして2名入ってきた・・・H社の鈴木氏と佐山氏である。

鈴木「中澤さん、お世話になってます・・・」

耕一「こちらこそ、お世話になっております・・・」

佐山「早速ですが、当方の事情もお話として聞いていただきたい・・・」

鈴木「佐山さん、まあ、そんなに焦らないで・・・いまお願いしている契約内容では、特に問題ないのだから・・・さて、中澤さん当社も業績不振で、現在お願いしている『電子カルテ』事業そのものの存続について、先週社内で会議がありまして・・・」

佐山「F社や、他社との競合状況で、弊社のシステムが非常に苦戦しているのです。」

鈴木「現在、営業員を5名投入していますが、今期の予算達成において、非常に先行きが不透明で、厳しい状況なんです。正直ベースで、今期受注として3件取れなければ、この事業そのものを見直し、場合によっては撤退の可能性もあります。」

このシステムとは、『電子カルテ』に加えて、『レセプト』と呼ばれる医療費清算事務における基幹ソフトである。ご存知の通り、医療費は通常保険証に基づく医療報酬ポイント制度があり、通常の物品購入やサービス提供の対価の計算方法とは異なる。これらのシステムは、この時点で通常1システム2~5億円が相場であった。一般の事業法人であれば、システムや設備への投資は『生産性向上』を大義名分として、結果としては差分の利益が望める。しかし、医療法人にとって、このれらのシステムへの投資対効果は、ゼロである。つまり、医療法人としては、投資したくないのが本音である。

これに引き換え、検査機器等は利益を生むので、最先端の機器には投資する。これにより、より多くの患者(客)を集め、結果として医療報酬の実入りが望める。

某医療系のドラマでも『病院経営』のあり方に注目している。医療過誤や、病院経営は、大変なリスクであり、子供の頃「教師・警察官・医師」などは、大変尊敬に値するような聖人のようなイメージがあったが、今は多くの情報が公開されているために、そのような話はおとぎばなしになっている気がする。

話は戻るが、このシステムの営業というのは大変な苦労がある。まず、ターゲットとする医療法人で力のある医師を抑えつつ、事務局の責任者とバランスよく調整しなければならない。加えて、その病院の経営状態を出来るだけ正確に掴まなければならない。全国の医療法人の内、恐らく黒字経営は、10%程度であろう。残りの半分以上は赤字で、トントンになっていればまだいいほうである。つまり、商売として回収できるか否か?も問われる。

国や自治体からの公的資金の助成金は、一部である。先の金額であればその残金の多くは、負債(借金)として医療法人にのしかかるのである。

ゆえに、医師の大義名分である『人命救助において・・・』という言葉は、伝家の宝刀であるが、実際は大手一般企業の勤め人より割りの合わない仕事となっている。たまに、マスコミで騒がれる『医療過誤』や『新薬斡旋による贈収賄』などは、起こってしかるべき『悪』なのかもしれない。話は、変わるが耕一はこれを境に、殆ど病院にいくことを避けるようになったのであった。

(話を戻して)耕一は、鈴木の言葉にどう返すか?迷った・・・

耕一「現在、お請けしている調査に関してですが、単なる調査報告に終わらせる気はありません。憂いていらっしゃる『営業・受注』にどう結びつけるか?これが、一番のテーマであることは承知しています・・・」

鈴木「それなら、我々との認識のズレが無いということで、一つお願いしたいことがあります。」

すると、間髪入れず、佐山が口を開いた・・・

佐山「そう、そこで競合他社の情報を持って来ていただきたい。技術資料はもとより、本物の見積書や、営業先情報も・・・」

耕一は、両目を見開いて、佐山のに顔を向けた・・・

耕一「それは、あからさまにスパイ的アクションを望まれているということですか?」

佐山「そりゃ、そうでしょう?それなりに報酬も渡している。それくらいの調査は、してもらわないと・・・・」

耕一は、『やはり・・・』と思った。大手企業の中間に位置する組織人は、看板やブランドを楯に、無理や難題を当たり前のように平気で要求してくる。

耕一「不可能ではないですが、ご所望の調査結果報告は、オプションで買っていただけるのでしょうか?・・・」

鈴木「そうねんですよね・・・中澤さんのおっしゃることも理解しているつもりです・・・しかし、この厳しい状況での予算の調整は、大変難しいんです・・・」

佐山「中澤さん、いいじゃないですか、殆ど人件費だけでしょ?何とかしてよ!・・・」

耕一は、やっとの思いで『憤慨』する気持ちを抑えつつ・・・

耕一「分かりました、とにかく検討してみましょう。明日15:00までにご連絡いたします・・・」

耕一と小田は、その場を去った・・・・(続)


耕一は、上海での興奮も醒めぬまま、これまでの仕事に関して見直そうと考えた・・・


耕一が、上海から帰国して2日後、銀座のオフィスの会議室に7名が集まっていた。集められたメンバーは、須山・新瀬・大山・安西・森田・小田と耕一の7名である。須山は、以前、耕一と一緒に仕事したことのある広告製作会社のプランナー出身である。荒瀬は、耕一が広島での仕事の際に、仕事を共にした。大山は、もともと金融系のコンサルタント出身、安西は現在、耕一の指示で、ある会社に出向している。そして、森田は耕一が以前、通ったビジネススクールの講師を務めていた女傑である。

ここに集まったのは、先に請け負っていた某医療機器メーカーの調査案件について、進捗状況を確認するためである。

耕一「皆さん、急に招集かけてすみません。クライアントは、身勝手と決まっていますが、ちょっと厄介なことが起こりそうですので、皆さんにお集まりいただきました。本日の記録は、小田さんお願いします。」

森田「厄介なことって、なんですか?」

須山「現在までの、まとまった資料に何か問題がありましたか?」

大山「内容的には、クライアントの意向から外れては居ないと思いますが・・・」

耕一「森田さん、先週までお疲れ様でした。約3週間、クライアントの現場に張り付いてもらって、大変だったと思います。その中で、何かありましたか?」

森田「まあ、日本の大企業とはあんなもんですかね???とにかく、企業文化の差異に少々、驚きましたわ!なんたって、部署の半分近い人間の動きが手に取るように見えたのですが、私から見ると殆ど仕事になってませんわ・・・」

大手米国企業本社で、マーケティングマネージャーを経験した彼女にとっては、今回の仕事は、耕一が頭を下げ、頼み込んで参加してもらった。その彼女からすると、今回のクライアントの状況は、相当悲惨に映ったらしい・・・

大山「そうですね、業界でもH社の製品は、評価が分かれていますが・・・今回の『電子カルテ』においては、あまり評判は良くないようですが・・・」

荒瀬「いや、現状の『電子カルテ』はどこもあまり評判が良くないですよ。費用対効果が悪いようです・・・」

須山「ところで、中澤さん『厄介なこと』って何ですか?・・・」

耕一「正直、クライアントは未だ我々の事を信頼していないようです・・・つまり、調査結果と報告書だけでは納得いかないと・・・」

森田「ちょっと、待ってください。私に何か問題ありましたか???」声のトーンが上がった・・・

耕一「いや、それは無いです。我々のやり方に、疑問を持たれているようです・・・」

大山「そうですか?しかし、私の知る限り、このチームでの内容は非常にレベル高いですよ・・・」

安西「途中からの参加で申し訳ないのですが、疑問とか信頼とか、具体的には何なんですか???」

耕一「約一ヵ月後に、最終報告でこの仕事を完了する予定ですが、それまでにクライアントを付けて欲しいと・・・つまり、彼らの『電子カルテ』の営業もしろということになります・・・」

(全員)「はあ???何ですかその話は???」

森田「そもそも、売れないからその為に徹底的に調べて、販売していくためのキラーコンテンツを見出す話ではないのですか???」

大山「私も、そうおもいますね・・・」

荒瀬「今のシステムを販売するには、問題が多すぎるという前提条件があったはずです。それを何から優先順位を付けて、改良・販売していくか・・・を具体的に計画を立てる話だったような・・・」

元より、チームメンバーは大変優秀な人材で構成されていた。かくも、意見の吐出は、予想はしていたが・・・耕一は、一同の視線を感じつつも、どのように対応すべきか?思案していた・・・

耕一「皆さんのご意見は、全くもってその通りです。私も同じ気持ちです。しかし、我々のスタンス(立場)からすれば、クライアントの満足度をどこで折り合いを付けるか?とも思います。当然、我々が『電子カルテ』のシステムを販売できないことも無いですが、するべきではないと考えます・・・」

一同は、沈黙した・・・筋論に関しては、ほぼどうレベルで一瞬に理解できている証拠である。

『果たして、どうすべきか???・・・』耕一は、考えた・・・

安西「私は、長く営業としても売上・利益に責任持つ仕事もしましたが、売上保証らしき話は、一度も受けたことが無い。ましてや、今回のような状況で『売上(数字)』があからさまに欲しいといい話は、スタート時点から外れた話ではないですか?」

森田「私も、安西さんの言う通りだと思うわ・・・」

須山「中澤さん、これは貴方の交渉に掛けるしかないですね・・・このままでは全員が、この時点で本件から降りるかもしれない・・・」

耕一「分かりました。皆さんのご意見を参考に、再度H社と交渉・話し合いをして見ます。結果は、即お返ししますので、その後改めて、お集まりいただくことになると思います。よろしくお願いします。」

一同は、散会した。耕一は、大きなため息をついた。すると・・・

小田「あの、大変ですね・・・私には難しすぎて・・・でも、どうするんですか?」

耕一「小田さん、H社に訪問する際に鞄持ちしてくれるか?」

小田「はい・・・」

耕一は、一計を案じ始めていた・・・・(続)


澤田は、事の他喜んだ・・・


澤田「中澤さん、いいかしら?こんな高価なもの、未だ会って間もないのに頂いて・・・」

耕一「いや、いいですよ。これも何かのご縁です。それに今日は一日、通訳ガイドとして着き合わせたし・・・」

澤田「でも、これ高いわ!中国では日本製は高いから・・・」

耕一「せっかくですから、気に入ったものを・・・」そういいながら、松下製の携帯電話を包ませた。当時、この携帯は日本でDocomoの2XXシリーズ程度の機能しかなかったが、日本円で36,000円程度の値段であった。

それから、2人は最後の酒宴であるレストランに向かった。

既に、個別行動していた一行が揃っていた。

柴田「みなさん、この上海はいかがですか?この3日間、十分とはいえませんが、上海を感じていただけましたか?我々は、この上海で大きな可能性と、ビジネスチャンスをつかみましょう!」

謝「このような、チャンスは我々が提供する人脈しかありませんし、これをゼロからやるとなると2年はかかります。我々はそれを半年で、実現する事が出来ます。絶対に、間違いないです!我々と共に協力し合いましょう!」

ある種、新興宗教めいた口車で、その場の空気は異常な盛り上がりを見せた・・・
そうして、懇談が始まった。あれや、これや、見ることのないはかない夢物語の四方山話にふけって言った・・・

耕一は、急激に自身のモチベーションが下がるのを感じたと同時に、現時点での危険要因(リスク)を考え始めた・・・そう、この事業(プロジェクト)が成功する最終形がイメージできないのであった。

耕一は、澤田を誘ってその場を離れた。

澤田「中澤さん、どう?分かったかしら?謝氏は、信用できないわよ・・・でも、一つだけ・・・・今回、上海へ来るのを迷ってたわ。でも、中澤さんみたいな人が居る事が唯一の救いよ。これからも、末永くお付き合いして欲しいわ・・・」

耕一「はい。分かりました。しかし、今の時点で本件を降りることは出来ない気がします。とりあえず、日本に戻って謝・柴田氏らの動きと状況を観察します。その上で、随時、報告しますね・・・中国の情報が入手で着次第、教えて下さい・・・」

澤田「そうね。あの王総裁も調べてみるわ・・・そういえば、来年早々、日本に一時帰国するわ。その時、付き合ってくださいね・・・」

耕一「はい・・・それじゃ、明日私は朝一の飛行機で帰国するので今日はこのへんで・・・」

澤田「そうね・・・それでは・・・おやすみなさい」

2人はホテルのロビーで別れた。

翌日、耕一は上海空港から成田へ向けて帰国した。日本に着いたのが14:00ごろだったので、真っ直ぐリムジンバスで箱崎のTCATまで移動し、そのままタクシーで銀座のオフィスに向かった・・・夕方17:00過ぎて・・・

耕一「おつかれさん!・・・」声を掛けながら、銀座オフィスに入った。

本多「あっ!!お帰りなさい!・・・どうだった?」

耕一「いや、湿度が高くて、蒸し暑いし、大変だったわ・・・」

本多「電話ないし、メールも入ってこないからどうしたのかと思ってたけど・・・でも、元気そうね・・・」

耕一「とんでもない!上海で体調悪くて、最悪だったわ・・・」

本多「そう、でも色々話聞きたいわ、今日は?これから空いてるの?」

耕一「ああ、何もない。食事にでも行こうか?」

本多「そうね。30分くらい時間くれるかな?そしたら、出れるから・・・」

耕一「分かった・・・」

耕一「小田さん、何か変わったことは無かった?」

小田「はい、特には・・・ただ、これなんですが・・・」と一枚の書類を持ってきた。

それは、先に契約している「Hメディカル」社からの文面だった。

耕一は、ハイデルベルグジャパンとの解約が解除される事を予想し、新規のクライアントとの契約もしていた。既に、契約スタッフである1人を派遣させているB社もその一つであったが、それ以上に、今回の上海案件も含めた次のステップを睨んでいたのであった・・・
そんな中、H社からの書面である・・・耕一は目を通した・・・

耕一「小田さん、先のこのH社チームを明後日、集めて下さい。時間は午前でも、午後でもいいです。時間は2時間以内に終わると伝えてください。」

小田「はい、分かりました。」

耕一は、器若しくは組織について、真剣に考えるようになっていた・・・・(続)


王総裁は、先ほどとはうって変わって・・・・


流暢に、話し始めたのである。

王「私は、かつての『太平洋百貨』で中国国内におけるリテール店舗販売に付いては、自信がある。なぜ、太平洋百貨を出たか?それは、明らかに私が考える販売方針とかけ離れていたからだ・・・」

こう始まった。

耕一は、きょとんとした。今更、この場で話すべき事なのだろうか?と思った。

延々と、中国市場における王総裁の弁舌が2時間近く続いた・・・
十数種類の料理や、高級な紹興酒が出され、口に運んだが、全くといっていいほど味が分からない状況であった。
ようやく、酒宴が終わり一行はホテルに戻った。

ホテルに戻り、澤田女史とホテル近くのバーに数人と行った。

澤田「中国は、ああいう席は長いからね・・・どうでした?」

耕一「いや~、参りました。何を食べたのか全く分からなかったです。」

澤田「ところで、明日は?」

耕一「はい、私は上海の市場調査がメインですから、市内をあちこち回ろうかと・・・」

澤田「そう、なら私もご一緒するわ。よろしいかしら?」

耕一「はい、喜んで。中国語がさっぱり分からないので、お願いしてもいいですか?」

澤田「いいですよ。ただ、明日は私の誕生日なの。それには付き合っていただいていいかしら?」

耕一「そうですか。分かりました。何かプレゼントしましょう。」

会話が弾んだ。耕一は、澤田がどんな人物か良く分からなかったが、ただヒトとしての温度感覚は、自分に似たものがあると感じた。


翌日、耕一と澤田は朝9時過ぎにホテルを出発した。

澤田「さて、どこから回ろうかしら?もうどこかに行かれた?」

耕一「はい、ユキちゃんの案内で楊園とあと、少し百貨店を回りました・・・」

澤田「じゃあ、新世界から行きましょうか?」と、彼女はタクシーの運転手に行き先を告げた。

新世界は、上海市街の中でも外資系企業が多く集まる区域である。驚くべきは、同じ上海市内でも区域によって、物価の差が倍以上も異なる。特に飲食店は、顕著であった。また、同じ品物を扱う店舗が数件並んでいる場合は、価格競争が激しいのである。写真撮影用のフィルムや乾電池など、5割以上も値段が違った。

2人は、朝食をしっかりとっていたため、昼食は遅い時間にした。そして、川沿いにそびえ立つホテル・センチュリーハイアットの最上階のラウンジに来た。午後のティータイムなので、その殆どは商談や打合せの様子だった。
耕一は、ここで澤田の誕生日の代わりをすることを考えた。シャンパンとフルーツを注文し、澤田に誕生日の祝辞を伝えた。澤田は、えらく上機嫌で中国での色々な話をしてくれた。

彼女は、大学卒業当初、日本で一旦はOLとして勤めた。しかし、退屈なことと元々中国語を専攻していた事もあり、中国への留学を希望した。そして、7年前に単身、北京に渡った。米国と同様に友人とルームシェアして生活していた。
そのルームシェアしていた相手が、中国政府の官僚という事で、就職先も紹介された。しかし、当初の話と異なり、条件も異なり、致命的だったのは、サラリーも言葉と異なる状況で、色々と苦労したようだった。結論としては、中国における外資系企業へ就職することが出来た。そして、現在2社目の企業で働いているとの事であった。しかし、明らかに婚期は逃している感があった。

澤田「中国では、本当に相手を信用したらだめね。とにかく、平気で嘘をつくわ。そして、それを主張したほうが主導権を握る。今回の話も、謝氏は要注意ね。典型的な、中国のビジネスマンだわ。一見、日本人はああいうヒトに乗っかりやすいわ。でも、上手くいく確立が少ない・・・」

耕一「そういうもんですか・・・しかし、どうしましょうね・・・」

澤田「それより、中澤さんは興味深い人ね。外資系企業も経験して、ご自身で起業して・・・そして、ここに居る。どうして、中国なの?」

耕一「いや、中国に興味があったわけじゃない。柴田氏との縁があって、今やっている仕事とは別に何か探ってみたかったから・・・」

澤田「そう、今度、日本に帰国したらお食事してくださいね。」

耕一「はい。」

そうして、2人は夕刻最後の散策として、澤田が進める百貨店に向かった・・・
ここで、耕一は澤田へのプレゼントとして『携帯電話』を進呈した。(続)


耕一たち一行は、大きな個室に通された・・・


これまで見たことも無いような、大きな円卓を15名ほどで取り囲んだ・・・

中央の上座は空席である。そう、王総裁の席である。暫く、到着を待つ形となった。一行の中には、上海で初めて同席する人間も数人いた。その中に澤田女史が居た。
彼女は、既に中国での生活が7年過ぎており、文化も言葉も格段に中国のことを周知していた。たまたま、彼女が左隣に座った。耕一は、最初何も話すことが無いと戸惑っていたが、澤田のほうから話しかけてくれて、気が楽になった。

澤田「ねえ、中澤さんはどうしてこれに参加したの?」

耕一「きっかけは、柴田氏なんだけど・・・自分で経営している会社がコンサルタント系なんで、その一つの案件として・・・」

澤田「そうなんだ・・・私は、謝氏と面識があって、北京から呼ばれたのよ。」

耕一「そうですか・・・お仕事は、こちらでされているのですか?」

澤田「はい、2社ほど経験して、たまたま今転職の谷間で、時間が空いていたので来たんだけど・・・」

耕一「そうですか・・・」

澤田「ところで、今日のミーティングどうでした?」

耕一「どうでしたといっても・・・中国語が全く分からないから・・・」

澤田「沢山の中国人をこちらで、仕事の現場で見てきたけど・・・謝氏と柴田氏は、怪しいわね・・・」

耕一「どうしてですか?」

澤田「いや、打合せの内容が・・・それにあの王総裁も、調べる必要があるわ」

そう、澤田は中国語が堪能で、打合せの内容は殆ど理解していたのである。その彼女が、耕一が抱いた疑念と類似した感覚を感じていたのであった・・・

耕一「私は、今回が中国初めてなもので・・・米国なら分かるのですが・・・」

澤田「あら、じゃ、英語はOKなのね?で、米国にいらしたの?」

耕一「いや、日本の外資系企業で働いていたので、何度か西海岸には行っています。」

澤田「いいわね・・・でも、中国はちょっと違うわよ!信用しちゃ駄目よ!」

すると、王総裁がSP2名を連れて、部屋に入ってきた。一同は、先の会議のと同じく全員が規律して、迎えた。

王総裁は、軽く右手を上げ、微笑みながら席に着いた。

謝「それでは、皆さんこの会食はこの王総裁のご招待によるものです。上海でもグレードの高い、中華料理屋です。早速、王総裁にお言葉を頂きましょう。」

なんとも、縦社会的な空気であった。

王「皆さん、ようこそ上海へ!本日、皆さんとお話し合いが出来て、大変に感謝しております。また、有意義な内容で、当社の中国国内でのビジネス展開において、大変参考になるとともに、今回のプロジェクトをきっかけに、末永いお付き合いをお願いするものであります。それでは、乾杯しましょう!」

全員のグラスに紹興酒が注がれた。

王「乾杯!」

会食がスタートした・・・(続)


謝氏の説明及び、通訳に・・・


耕一は、なんとなく違和感を感じ始めていた・・・

というのは、長年、外資系で勤務していた彼にとって、言葉の異なる相手とのビジネスの現場での交渉は、幾度と無く経験していた・・・そして場の空気や相手の表情を観察する能力は、他の誰よりもあったのである・・・

会議の席上、大洋百貨の総裁、王氏の表情は終始変化が単調であった。

『その意味は?』耕一は、考え初めた・・・この場合、恐らく2つの解釈があると考えた。一つは、ほぼ分かりきった内容の確認のために、あえて相手側に説明させて、食い違いが無いか?を確かめるため。つまり、表面上は聞き流しながら、肝心なところだけ注意深く聞いている場合・・・そしてもう一つが、まだ何も決まっていないので一応一通り全体の話を聞く事に徹している場合・・・

しかし、そのどちらでも無い気がした・・・耕一は、これまでに感じたことのない何かを感じた・・・(後々、分かったことだが・・・)実は、謝氏の日本法人を軸に大洋百貨と契約を交わした上で、本件が進行していると謝と柴田以外は思い込んでいた・・・

耕一は、今回の訪中のために、自ら率先して新会社のためのロゴや日本市場の実費、加えて今回の経費全てを拠出していた。

そう、未だこの時点では何も契約らしき形は存在していなかった・・・
とりあえず、上海出身の日本に明るい謝氏の話は興味深い・・・そんな程度だったのである。この事は、帰国してから発覚したが、その違和感のある空気の中で会議は進行した。

そう、中国ビジネスにおいて『人脈』は大変重要な要素の一つだが、一般的(欧米等)なビジネスモラルの感覚のそれとはかなり異なる。最初の段階では『信用』は存在しないと考えたほうが良い。なぜなら、口頭での約束はあってないようなものである。よって、この時点で浪費している経営資源が戻ってくる保証はどこにも無い。ましてや、いきなりビジネスの話がトントン拍子に進むはずも無い。

耕一は、この時点でいつもの思考の切れ味を抜くべきだったかもしれない。しかし、初めての土地であることと体調の悪さがそれを鈍らせた・・・

一通り会議が終わり、王氏は別の打合せがあるということで一旦その場を外した。そして、1時間半後に王氏から招待された格式高い(と説明された)中華料理屋で会食することとなった・・・(続)


耕一とその他の一行は・・・


謝氏と柴田氏にこれから面会する大洋百貨の総帥について、前振りされていた。

柴田「今、中国、なかんずくこの上海は、日本とは違い大変な勢いがある、その上海で今、最もビジネスにおいてその勢いを手にしている人物だ!そのオーラたるや、凄いぞ!びびるなよ!・・・」

謝「とにかく、今の彼の勢いを止めるものはいないよ。気を抜かないで・・・」

なんとも、凄い牽制であった。現場の視察の後、昼食を取り、午後一番から高層ビルにある大洋百貨の来賓会議室に通された・・・

暫く、待っていると若い数人の男が入ってきて、最後に恰幅のいい紳士が入ってきた。総帥の王氏である。先の若い数人は、護衛のようであった。
そして、王氏が入ってきた途端、全員が立上がり規律した。まるで、軍隊の用であった。耕一たちは、場の空気に併せるような形で、全員立上がった。

耕一は、緊張感の漂う空気の中、事の成り行きをじっと見守り、それに従った。

『いったい、何が起こるのか?』・・・・そう考えながら、打合せの流れを見ていた。冒頭に、両者了解の下、ミーティングで耕一はビデオを回した。(これも、異例であはある・・・)

謝氏が、進行役を勤めながら、日本人側の同時通訳も兼ねた。

ミーティングのポイントは、日本側からの『Japanブランド』構想の説明と、その実現性及び、障害・問題点のすり合わせであった。
そう、この時点では正式に計画全体が固まっていなかったのである。この最初の部分が、一番肝心である。謝氏は、必至に日本側の体制及び、今後の可能性について語った。(続)


それから翌日、謝・柴田・耕一らの一行は・・・


今回の出張の最大の目的である、大洋百貨の建設現場に訪れた。

南京西路に面する繁華街で、旧来の町並みとは異なり、外資系企業も多く棲んでいる、その町並みは、未だ建設中の様相をしていたにも関わらず、都会的雰囲気をかもし出していた。

現場に着いた一行は、ヘルメットを渡され、現場の中に入った。24時間の交代制で、休む事も無く現場は動いていた。
一行は、謝の通訳による説明を受けながら、構想中の「Japanフロア」を聞いた。
耕一は、持参したカメラを手にうろうろと歩き回った。通常の一眼レフとビデオカメラを交互に撮ったりした・・・

そして、その夜はメインイベントとも言えるべき会食となったのである。