耕一「どうして、あそこに来たの?帰ったんじゃなかったのか?」
智子「ええ、はじめはそう思って駅に行ったけど、なんとなく・・・・」
耕一「びっくりしたな。今日はじめて会ったばかりの君に、あんな事言われるなんて・・・」
智子「でも、そうして?死にたいの?」
耕一「いや、死にたいわけじゃない。ただ、どうにもこうにも会社が上手く回せないんだ。要は、資金が足りないんだけど・・・」
智子「それで、死ぬの?なぜ?いくらになるの?」
耕一「そうだね、生命保険の金額だと1億5000万円くらいかな?・・・」
智子「バッカじゃないの?貴方命はその金額なの?」
耕一「いや、そんな事言ったってどうにもならない状況なんだ。なら、君が資金を融資してくれるか?」
智子「それは、無理よ。でもその会社って、貴方の会社なの?」
耕一「いや、オーナー企業は別にある。」
智子「その会社に貴方はいくら掛けたの?時間じゃないわよ。貴方の自己資金は?」
耕一「100万円だけ・・・資金がなくて、この体一つだけだったから・・・」
智子「そう。なら、貴方が命と引き換えにする価値があるかないか、分かるでしょう?」
耕一「君の言うとおりだが、スタッフや周りの人間に対して何も出来ないでいる。少なからず、この自分のホラに付き合ってもらってきた。それを現実にしたい。」
智子「男って馬鹿ね。頑張ってる人ほど同じような事を聞くわ。でもそれって、男のくだらないプライドじゃないの?」
耕一「・・・・」
智子「私の元の夫も同じように事業してて、一番いい頃に結婚して、贅沢もさせてもらったわ。・・・・」
智子「でも、結婚して3年が過ぎた頃、私が気づいたら夫は親戚縁者全てに借金して回ってた。それを知った頃には、高利貸しにも手を出してて、どうにもならない状態だったわ。」
智子「取立て屋に連れて行かれて怖い思いもしたわ。夫は逃げ回る生活が始まって、結局、自殺したわ。」
智子「最後まで、なぜ借金したのか?どうして相談してくれなかったのか?何も言わないまま遺体を引き取りに行ったわ。でも、一つだけ分からないのは、行った事もないようなところで、一人で首をくくったみたいだけど、そんな事する人じゃなかった。」
智子「それから、1ヵ月後に見計らったように借金の取立てが来て、結局持っていたビルも全て持って行かれた・・・私には、その結婚生活が何だったのか今でも分からない。」
智子「ただ、先に他界されて残された私は死ぬよりも辛いと思った日々だったわ。見て!この傷・・・・」それは、智子が耕一に差し出した左手だった。リストカットの跡である。
耕一「これは、いつごろ?」
智子「そうね、2年弱くらい前よ。」
「でもこうやって生きてる。」「今でも、その後遺症はあるわ。」
耕一「君も凄い時間を過ごしてきたんだな・・・でも、僕にこれ以上関わらなくても・・・」
智子「いや!やっと、前に進もうと思ってあった人がまた元夫と同じような終わり方するんじゃ、私は疫病神みたいじゃない!冗談じゃないわ!」
耕一「そうだけど、今日会ったばかりだし、何もお互いに深入りしなくても・・・」
智子は時計をチラッと見て「もう電車がなくなったわ!今夜どうしてくれるの?送ってくれるの?」
耕一は、困った。たまたま、手持ちの現金も無い。この場を何事も無かったように収めたい。すると智子が「いいわ、とにかく出ましょう。」
耕一は、智子に引き込まれるように歌舞伎町のネオンの中に消えた。
翌朝、新宿東口の小さな喫茶店でコーヒーを飲んでいた。耕一の向かいには、にこにこと笑顔の智子が居た。
智子「なんか、久しぶりだわ。この感覚。」
耕一「えっ?何が?・・・」
智子「夫が居なくなって、女を絶ってたの。夕べのことが無ければ貴方でよかったわ。」
耕一「そんなつもりは無かったのですが・・・」
智子「ねえ、夕べの貴方の気持ちは変わった?まだ、死にたいの?」
耕一「・・・・・・・」
智子「いいじゃない。その会社返しちゃえば!」
耕一「・・・・・・・」
そう、耕一には今まで相談して助言してくれる相手が居なかったのかもしれない。この智子の言葉は、耕一をハッとさせた。
行きずりの女性に、事の本質を口にされたのは以外だったが、耕一はなんとなく自分の中の何かに変化があるような感覚を覚えた。
智子「ねえ、またお会いできるかしら?絶対に、自殺しちゃだめよ!今度は私から待ち合わせの場所を指定するからね。分かった?」
耕一「分かった。とりあえずこれから会社に出て、色々かたずけなきゃならん。これで失礼するわ・・・」
そう言い残して、耕一は自分のオフィスに戻った。そのタクシーの中で耕一は『潔く、社長を降りよう。スタッフは、理解してくれるかな?』と思いつつ、煙草に火を付けた。
それから3ヵ月後、耕一は定期株主総会で退任する事となった・・・・
(以上PartI終)