耕一と智子は、ごく普通の自己紹介の後、なぜ「エキサイトフレンズ」に登録したか互いに暴露した。
耕一は、左記の通り仕事上、モニタリングの意図があった。しかし、智子は違った。それは、現在一人暮らしの為さびしい時間が多いとのことだった。更には、未亡人であった。耕一は、なんとも返す言葉がなかった。
それから差し障りのない会話をした。その後、智子は耕一に深々と頭を下げて、「何年ぶりかしら、食事をおいしく感じたのは。今夜は有難うございました。」と礼を言って帰った。
耕一は、帰宅するつもりであったが、思いとは別に足は別の方向に向いていた。どうしても、耕一の頭の中からはこれまでのことが離れない。むしろ急速に広がるカビのごとく頭の中に真っ黒な領域が増えていく・・・・
考える事にも疲れ始めた。呆然と焦点の合わないまま、遠くを見詰め、思考の中での「言葉」でさえ浮かんでこなくなっていた。
耕一は、なぜか勝鬨橋の袂にいた。大きな半弧を描く形状を見上げ、呟いた。
「この高さなら、十分だな・・・」耕一は、橋の欄干から登り始めた。不思議な事に人通りも車の往来もまばらである。もう少しでてっぺんにたどり着こうとしたとき・・・
「だめ~!早く降りてきて!」と悲鳴のような声が聞こえてきた。耕一は下方のあたりを見回した。すると、先ほど別れて帰ったはずの智子が走ってきた。
智子:「中澤さん!何してるの?早く降りてきて!危ないから!」
耕一:「いや、いいんだ。その場所を探していたんだ。」
智子:「何を言ってるの?私は二度もそれに付き合いたくはないわよ!早く降りてきて!」
耕一:「あなたには関係ないことだから、早くこの場を去ってください。お願いです。」
智子:「男って、みんな弱虫ね!つよがててもそうやって逃げてるじゃない!お願いだから、前の旦那と同じ事しないで!残されてそれを見てきた私はもっと耐えられないのよ!」涙ながらに叫んだ。
耕一は、一瞬躊躇した。・・・・
そうしているうちに、周囲に野次馬らしき人々が集まってきた。
耕一は、慌てて降りた。智子がバックで殴りかかるように近寄ってきた。なぜか泣いている。耕一は、この騒動から抜け出すために、タクシーを止めてそそくさと智子とともにその場を去った。
タクシーの中で智子は泣いていた。
耕一は、困惑した。何も掛ける言葉がない。仕方なく車を新宿方面に向かわせた。