1.インターネットと電子メール  その2 | 起業から、経営者へ、そして・・・

起業から、経営者へ、そして・・・

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再度、長谷社長、杉田常務、青木監査役、鈴木部長に加えて山田経理部長がテーブルを囲んでいた。山田は、2ヶ月前に三和銀行からの天下り転職組である。(この会社は、三和銀行から約2億円の融資を受けていた。)



冒頭、中澤耕一は現在の状況を説明した。

売上金額 ¥9,000万円

販売単価 ¥750,000円

出荷済み  120台

受注残台数 250台

受注残金額 ¥187,500,000-

故障率   12.3%

であった。初年度のビジネス状況からすれば、決して悪い実績ではないが、現場で問題視されてるのは故障率とその対応についてであった。この状況では、1年間の無償保障期間として、新品交換が通例とされるということは、故障率の歩合の分、多く台数が必要となる。これは、製品原価にそのまま反映されるとなると、そっくり売上粗利が削られることとなる。

先に耕一は、競合会社にいた。よって、ビジネスを奪還するために人柱になりつつも、最終的には価格で下げざる終えない最終合意があった。よって、決して採算面ではよくない事は誰もが承知していた。



山田は、「中澤さん、現在の商品は来期も売れていくのかね?実際ビジネスユースといっても、まだまだこの商品のランニングコストも高いし、先に提出されてる予算どおりに推移するのかね?」



耕一は、眉間が歪んだ。さらに山田は、「君が揃えた人材8名の組織だが、社内のバランスを見ると損益分岐点的には一番コストがかかっているんだよ。いつになったら収益還元できるのかね?」



耕一は、更に自身の血が逆流するのを覚えたが、必死で抑えた。

「お言葉ですが山田部長、現在の立ち上げつつあるこのビジネスは確実に市場に定着します。既に前社のEAL社の実績をご覧いただければ明白です。しかしながら市場での普及率は未だ30%台です。よって、市場は十分に見込めます!」と言い放った。

会議室の一同は、耕一を凝視した。数十秒の間の後、長谷が、「分かった、ならば米国CB本社が無くなっても、当社としてこのビジネスは継続可能ということだな?中澤君!」「仮に、米国CB本社の技術的協力が仰げなくても、当社独自で商品を開発し販売していくことは可能だな?」「鈴木君、どうかね?」



鈴木は、「はあ、いきなり言われましても、完全な独自商品となるとOEM先が受け入れてくれるかどうか?また、アーキテクチャーの元であるEdobeとの関係がスムーズに作れるか否かで、開発の動向も左右されます。現時点でイエスかノーかと問われれば、ノーです。」いかにも技術屋らしい回答である。

しかし、耕一は「そんなことを言っていては、我々が付き合っているクライアントと同じじゃないですか?だから、彼らも外部からこの製品を調達している。そこに、商売があるのではないですか?Edobeとの関係なら、また新たに作ればいい!

今ここで、この製品を辞めてしまったら我々チームの存在意義もなくなるし、第一に信用が無くなる。この先、新しい商売も広がらないのではないですか?」



長谷は「分かった。このビジネスは継続する事を前提に進めよう。但し、少々厄介なことが増えるかもしれん。いいですか?」耕一はうなずいた。



この会議の後、ニューヨークの法律事務所を通じて米国CB社に対し訴訟を起こすこととなる。