店内でも、一番人目の付かない場所に席取った。ウェイターが注文を取りに来たときに面会者が現れた。彼は、田中と名乗り席に座った。
田中:「橋本さん、遅れてすまない。こちらが・・・・」
橋本:「はい、社長の中澤です。」と立ち上がった。
中澤:「はじめまして。無理に時間を作ってもらってすみません。」頭を下げた。
田中:「いや、こちらこそ遅れて申し訳ない。こんな遅い時間でも大丈夫ですか?」
中澤:「はい」
それから、コーヒーがきた。3人で口に運びながら、橋本が話を切り出した。
橋本:「先日、少しお電話で話を差し上げたのですが、詳細は中澤から・・・」
田中:「分かりました、ただしお話の前に私は一応公僕ですので、名刺を渡せません。また、内容によってはお力になれないかも知れません。今、抱えてる事件はご存知の許永中の事件で、このこと自体も全て口外できません。ご了解いただけますか?」そう、田中氏は現役の検察官であった。
中澤:「はい、分かりました。ここでのお話で何かお願いできるとは思っていませんが、私自身『一体どうしたらいいのか?』全くもって分からなくなってしまっていて、誰にも相談のしようがありません。ただ、確かめたいのはこれからお話しすることは、事実として許されるべき事なのかどうか?それを伺いたいです。」
田中:「そうですか・・・・世の中色んな理不尽な事があります。しかし、法律は道義ではないです。ルールにしか過ぎない。とりあえず、お話を聞かせてください。」
それから、耕一は今回の大口の第三者割当増資のいきさつを説明し、先の三者(野村氏・村上氏・藤田氏)の件を説明した。加えて、現在のエイペックスジャパンのおかれている状況も説明した一通り話が終わって・・・・
田中:「事情は、理解しました。しかし今の状況だと、何も法律には触れているかどうかの裏づけがありません。犯罪としての扱いもできませんし、違法行為かどうか調べるわけにもいきません。お分かりいただけますか?先に、お話した許永中の場合、罪状は唯一つで『インサーダー』だけなんです。当然、彼の過去や裏側はあります。しかし、その事は追えない。また、追えば私が違法となります。」田中は続けた。「実は、最近今の住まいに引っ越したばかりなのですが、これには理由がありました。以前に担当していた事件のことが一般の方に知られてしまいました。そして、妻が近隣の噂話に上がり、その事件について攻められるような自体まで発展してしまい、最後のほうには自宅に夜中、嫌がらせの電話が鳴るようになり、軽いノイローゼになったんです。子供の学校の事もありましたから、やむなく引越しする事にもなったんです。私事で恐縮ですが・・・・」更に、「よって、冒頭にもお話しました通り、道義と法律は全く共存していないといった方がいいかもしれません。」
耕一は、驚いたと同時に惨めささえ感じてきた。『何の為に、生きているのか・・・・』とただうつむいて、田中の話を聞いていた。
中澤:「田中さん、ご自身はなぜ検察官になられたのですか?」
田中:「私は、正義を追及したいと、また本当に守るべき人たちのために、法律を理解しようと、実は一般企業からの転職組みです。世で言うキャリア組みとは差別され、現場での仕事に追い回されていますよ。でも、私が放棄したらまた一人、正義の信念が消えるでしょう?だから、未熟者、役立たずと言われても、耐え抜いて一人でも救いたい・・・」
中澤:「恐れ入りました。しかし、私は本当に起業した会社を育てて、形にしたい。確かに、最初は『一山当てたい!』と思っていましたが、スタッフやその後ろに居る家族が見えてきた時点で、そんな事よりも何とかこの会社を成功させたいと祈るようになった事は事実です。」
耕一は、涙が溢れてきた。悔しかった。息苦しくさえなった。自分の未熟さと惨めさと、様々な思いが込み上げてきたのである。