翌日、研宗学館(けんしゅうがっかん)でのことだった。
「なぁよっしー、初(うい)ちゃんって誰か好きな人いる?」
突然、クラスメイトであり小学生からの親友である竹瀬尊久(ちくせたかひさ)が僕に話しかけてきたのは……
尊久くんとは互いにゲームが好きだったり、趣味が合ったりと共通点が多かったので、多分一番よく遊んでいる友達である。
最近は異性に目覚めたのか言動が受験生にあるまじき春さ加減だったりして僕は当惑する日々だったが当人曰く「彼女なくして何の為の学生生活か!」という事らしい。
そんなだから浪人なんだろうが…と諭したいけど僕も同じ立場だから何ともな感じだ。
「おーい?」
気付けば尊久くんが目の前で手を振っていた、だいぶ僕は思考の海を泳いでいたようだ。
「あ、悪いw」
そう答えつつ僕は何を聞かれたんだか思い出してみる…
「初ちゃんねぇ…多分彼氏はいるんじゃない?」
「そっかぁ…orz」
見るからに尊久くんは落胆していたw
僕の覚えている限りでは中学からの同級生と付き合っていた筈だったので、正直に言ったまでだが…従妹である初ちゃんと親友である尊久くんが恋人として仲良くする姿はあんまり想像したくない感もあった。
それでは僕があまりにも気まずいじゃあないか…。
「じゃあ、あの凄く綺麗な従妹の子もダメかぁ…名前なんていったっけ?」
「ええと…恭ちゃんの事?」
「そうそう、恭香ちゃん!あの子もいいよな~!」
僕の両親は共に四国の愛媛県の出身なので、親戚の大半は愛媛に住んでいる。
恭ちゃんこと毛利恭香(もうりきょうか)ちゃんもその一人で、幼少期からとても仲がいい従妹の一人である。昔は僕と恭ちゃん、初ちゃんとそのお兄さんである清(せい)くんと4人で遊ぶ事が多かった、僕は夏休みは大体愛媛に帰っていたし、その頃は初ちゃん達も愛媛に住んでいたのだ。
その為、恭ちゃんの方が日立に来ることは稀だったが、確か一度くらいは尊久くんとも遊んだ事があったような…にしてもw
「よく恭ちゃんの事なんて覚えてるよね」
「そりゃ、あんなに可愛かったら忘れないだろ?」
チクリと、胸が痛んだ。
「でも、恭ちゃんは受験生だから彼氏とかいないんじゃないかなぁ?」
彼女は僕の一つ下の高校三年生、だから今年が受験の年だった。以前に聞いた時には確か国立の教育学部を狙っていた筈だ。
「イヤ受験生かどうかは関係なくない?」
「そうだろうけど多分恭ちゃんはいないよ、それよりなんでそんな事を聞く?」
話を変えたかったので分かっていながらも主題を戻すことにした。
「そりゃクリスマスも近いし…誰かいい娘がいないかなぁ…とか、な?」
クリスマスか…確かにこれはチャンスなのかもしれない。
まだ名前も知らないあの娘…もう一度逢いたい…そして出来る事なら何か話してみたいけど…そんなきっかけがどこにある?
分からないけど、でも何か変える事が出来るかもという魔法が…クリスマスにはあるんじゃないだろうか…あくまで他力本願的な意味でだけど…
「クリスマスかぁ…」
無意識に、僕はそう呟いていたらしい。
「そうだよ、折角の19歳のクリスマスを独りで過ごすなんて寂しすぎるじゃないか」
「や、そこまでは思って無いけど」
「よっしーは狙ってる娘とかいないん?」
ギクリ、僕は極力平静を装いつつ切り返した。
「別に…興味が無いわけじゃないけど今は勉強しないといけないからそっち優先かな」
「えー?それでいいのかよぅ」
どうやら上手くいったらしい、尊久くんはそれからクリスマスに向けた計画的なアレコレを語りだしていた。
或いはあの娘の事を話すべきだったのかもしれない。初ちゃんが相手の時はあっさりと話す事が出来たのだが、何故か恥ずかしさが先に出て、結局尊久くんには話せなかった。
そういえば、昔から身内…日立の小学校からの友達にはこういう話をした事無かったなぁ…
そんな事を思い出した。
逆に友達の好きな人の話は結構知っているのに、どうにも自分の事は話せなかったんだ。
心を許してないというつもりはないのだけど…
まあ、そもそも今回はコレが恋なのかどうかも分からないので別問題かもしれないが、もし話して尊久くんもあの娘の事を好きになったりしたら…
「あ、そろそろ最後の講義だよ?」
自分の考えを振り払うように、僕はそう言ったのだった。
研宗学館は関東近辺に何校か展開している予備校で、アクの強い名物講師がいるわけではないが、丁寧な指導と環境の良さが売りだった。
個人的には地下の学食が安くて美味しい点がいい感じでお気に入りだったりする。
比較対象は無いけど、成績もそれなりに上がったし、文句は無いかな。
講義終了後、玄関を出ると尊久くんが話しかけてきた。
「週末だしゲーセン行こうぜ♪」
流石に毎日ではないが仲間内でゲーセンとかパチンコとかに行く事がある。
とはいえ
「ごめん、今日はやめておく」
僕はあの場所に行きたかったので断わる事にした。
「ふ~ん…なんか用事あるん?」
「いや、そういうわけじゃないよ」
特に尊久くんも気にしなかったのかそこで別れた。
僕はやや急ぎ足で駅を越えあの娘に初めて出逢った場所に辿り着く…
しかし、そこには誰もいなかった。
たまに僕の目の前を忙しげにコートを着込んだサラリーマンが通り過ぎるだけで、そこは冷たく…
ひんやりと僕を凍らすのだった。
不意に、何を莫迦莫迦しい事をしているのだろうか?
そんな気持ちがこみ上げてきた。
彼女と僕は、単に一回ここで歌う彼女を見た、ただそれだけの接点しかないのだ。
彼女はそもそも僕の事など考えもしないだろうし、僕だって彼女の事を何も知らない。
そんな、これは無為の行為。
想いに、意味を求める事それ自体が…無駄なのかもしれない。
この不安はきっと…
「…くっ」
僕は上を向いた。
天を仰がないと、堪えた雫が落ちて消えてしまいそうだったから…
漆黒の天幕は深く、地上の星が無闇に明るくて天上の星は見えやしない。
どこまでも昏くて小さな自分などかき消されそうだった。
「…さむい、な」
誰にも聞こえない音量で僕は独りごちた。
だから…冬は嫌いなんだ。
第3話【完】