この物語りは、フィクションです
一部、実在の名称や施設、歌などが登場しますが、営利目的ではないので…ご了承お願いします
あらためて、この物語りはフィクションです…が、そこに込められている想いは、あの頃の自分の抱いていたそれときっと…同じなので、あなたにとってのこの物語りが共通の思い出になってくれたら
うれしい…かな?
幾度も季節が巡る様に
歩まずとも、目に映る光景は刻々と変わりゆき
気が付けばもう手の届かない所に
思い出というものはあるのだろう
でも、春に桜の花びらが舞う様に、夏に水面を陽光が照らす様に、秋に暮れる空に雲が彩りを与える様に、キラキラとした記憶はけして無くならずに
ずっと心の奥、自分を形作るモノに宿り続けるのだと
そう僕は思う
だから僕は忘れない
これから何があろうとも、あれから色々な事があった分を差し引いても
忘れない
あの時、あの冬の訪れようとしていた頃
君と出逢った、あの季節を…
第1話
どうにも、冬は好きになれない。
寒いし、寒いし、鍋は美味しいけど寒いし、肉まんは好きだけど…ああ、肉まん買って帰ろうw
僕、こと毛利好貴(もうりよしたか)は予備校帰り、そんな事を考えながら水戸駅まで長身の体を縮こませながら歩いていた。
高校時代、ゲームやTRPG(テーブルトークRPG、ボードゲームの一種)ばかりにかまけてテケトーに人生設計を考えていた結果、見事に浪人となり今は実家の日立から水戸の予備校に通い続けてもう半年…
生来勉強すればその分は知識になるタイプなので、流石に学力は上がり、来年は希望の大学に入れるとは思っているのだが…やっぱり完璧に勝てる勝負などそうそうないので不安な面はあったりする。
…ああ、何だか嫌な考えになってきたのでこの話はやめておこう。
そういえば、今日は買いたい小説の発売日だった。
僕は駅を通り抜け北口の川俣書店に行く事にした。
もうすぐ12月という事で、すっかり日は暮れ暗くなったものである。
水戸駅周辺は色とりどりのライトアップがされていて、急いて歩く人達を見る度にクリスマスとかそんなのが思い出される。
ちぇー、浮かれやがって~こちとら浪人生だぞw
考えたくも無いのだけど、やはり思ってしまうのは仕方ない…よね?
そう自分に言い訳しながら歩道スペースを突っ切り、階段を下りて本屋までやってきた。
2階に上がって、目を凝らしながらお目当ての本を探す。
視力がすっかり落ちているので、本来は普段から眼鏡をかけた方がいいのだけど、実は集中している時以外に眼鏡を長時間かけていると頭が痛くなるので講義中だけ眼鏡を使用しているのだ。
日常生活に支障が出始めているので困りものだったりするのだがw
小説自体は、本日発売という事で平積みしていたのであっさり発見できた。
マンガとか他には特に欲しいものは無かったので、レジで買い物をあっさり済ます。
今からなら次の電車は余裕で間に合うな…そう思いながら僕はまた寒空のなか書店を出て駅へと向かった。
最初、違和感に気付いたのは、聴覚だった。
いつも通りの車の排気音、信号の音、人々の足音と喧騒が混じり合ったこの空間で…微かながら違う音がしていた。
見ると、前方の一角、ちょうど歩行者スペースの外縁、円形に開けた場所に人がいた。
どうやら路上演奏とか、そういう物のようだ。
正直僕はこういう輩はそんなに好きじゃなかった。
こう寒い中御苦労とは思うけど、所詮自己満足の世界で、殆ど素人だから聞いていてもそんなに感動するものじゃないし…
多分、自分に出来ない事をする彼らに対するコンプレックスもあるのだろうけど。
この辺でも過去に何組か見かけたが、立ち止まって聞くような事は今まで一回も無かった。
ただ、近付くにつれて…通行方向がそちらなのだから仕方ない。
違和感が大きくなっていた。
…あ、歌っているのは女の子だ。
ようやく目が形を捉えた姿は、二人組…歌っている小さい女の子とギターで伴奏をしている大きな男の人だった。
その周りに、何人かの観客がやや遠巻きな感じで立っていた。
僕は歩き…足を止めた。
止めるしかなかったのだ、いや、体全体が動かなくなっていたのだ。
少女、おそらく僕よりは年下だろう。
彼女は真っ白いコートを着ていた。
周囲の闇を吸い込んだような黒髪は背中まで伸び、その幾本かは風に舞いながら、広げた腕の周りを撫でていた。
真っ直ぐに中空を見つめる面差は整っていて、まるで天使のようだった。
歌っている…その曲が何だか分からなかったけど一つだけ言えるのは、今までに聴いた事が無いくらい…素晴らしかった。
その、そのあまりにも強い衝撃に僕は立ち尽くしていた。
綺麗だ…
本当に、この感動はどう表現していいのか、僕は考えるのを止めて…ただ、彼女を見ることにしたのだった。
帰宅後、僕はなんとはなしにぼーっとしていた。
あの娘の歌は、アレから何曲か…多分20分くらい続いていた。
ああいうライブはどれくらい時間が掛かるものかは知らないけど、彼女達はそれくらい歌った後にあっさりと片づけをしていた。
僕は気恥ずかしかったのもあったので、終わった直後に駅へと向かったのだが。
それから、家まで帰って晩ごはんを食べて、勉強をする為に机には向かっているのだが…
今日は勉強できそうなテンションではないようだ。
代わりと言ってはアレだが、予備校に入ってから始めた個人的日記、通称「にき」にはいつも以上に熱を持った文章みたいなものを書いていたりした。
とはいえ、これ以上机にいても仕方ないと思い、ベッドに入る事にした。
スタンドの明かりをともすと視線に今日買った小説がうつった。
普段なら寝る前の楽しみになる筈の本だったのだが、今日は読もうという気にならなかった。
本を読まないとなると、スタンドを点ける必要が無いので、オレンジ色の常夜灯だけを残して寝る準備に入った。
それにしても…コレはどういう事だろうか?
僕だって一応普通の人間なので性欲だってあるし、過去には何人かだけど恋して好きになった異性だっていた。
だけど…この感覚は初めてだった。
前後不覚というのだろうか…自分が自分じゃなくなったような不思議な心持ちだった。
あの娘は…
そう思った瞬間、カーッと首の後ろが熱を持つのが分かった。
…これは困った。
こんな事では寝る事も出来ないのじゃないだろうか?もぞもぞと寝がえりを打ちながら枕に顔を埋める。
息が出来ないのですぐ顔をずらしたw
吐く息が荒くなり、心臓の鼓動を感じる。本当に…どうしたらいいものだろうか…これはちょっと自分の制御出来るものでは無い気がしてきた。
まずは寝よう、そう思ってはみたのだが頭の中には渦巻くように今日見た光景が流れていた。
そしてふと、思い出した。
「…肉まん、結局買って無いやw」
第1話【完】