11/21(木)晴天…なれど出逢い無しorz

逢えなかった。考えてみればそう簡単に逢える筈も無いのは当然なのだが、それでも少しでもと可能性を信じていつも以上に外にいた結果、すっかり晩御飯に遅れた上になんだか微妙に寒気がする。ここで体調を崩すと色々と悪影響が残りそうなので、今日は風邪薬を飲んで早めに寝るとしよう。とはいえ、今夜は普通に眠る事が可能なのであろうか?




そこまで書いて、僕はシャーペンを置いて耳をすませた。…物音がしたからだ。

「にき」は漢字の勉強も兼ねて手書きで書いているのだが、それ以上に内容がかなり自分の中の深い部分を書いているのもあって、とても自分以外の人間には見せられないのだ。

足音がする。

「にき」を引き出しにしまいながらノートを開くと、こんこんと軽くノック音がして、僕が返事をする間もなくドアが開いた。

「返事くらい聞いてくれよ」

「…あ、ごめ~ん、でもドアが半開きだったじゃん」

そう、確かにドアは猫が通れるくらい開いていた。家には2匹猫を飼っているので、いつでも入ってこられるように開けているのだ。

本気で人が入ってきて欲しくない時はドアを完全に閉めて、さらに重石代わりに服をしまっているキャスターを置くのでそう簡単には入れないようになっている。

「ねぇねぇヨシくん、分かんない問題があるから教えて♪」

気軽に入ってきたこの子、僕にとっては従妹で同じ日立市内に住んでいる初(うい)ちゃんだ。

本名は中村初乃(なかむらういの)、昔から同じ市内にいたのでよく遊んでいたし、懐かれていて…可愛い妹といった感じだった。

可愛い…そう、確かに初ちゃんは可愛らしいと思う。ちょっと細すぎるんじゃないかという手足で背も女子としては高い方だけど、バレエをやっていたからか妙な色っぽさがあるし、肩まで伸ばした髪も綺麗だし…やんちゃだった昔から考えれば随分大人になったという感じだ。

でも、昨日出逢ったあの娘…彼女を見た時に感じた想いとは全然異なっていた。

あの娘は、いうなれば冬が連れてきた妖精の様だった。

透き通る様に純粋で、清楚で無垢なその姿は全く現実感を思わせなかった。

アレはもしかしたら僕の願った幻なんじゃないかと疑うくらいで…

でも、一心に歌うその声と表情は、確かに鮮明に残っていて、僕の心を揺らし続けている。

「おーい、キイテマスカ~?」

もしかしたら大分妄想に入り込んでいたのかw

初ちゃんがつまらなそうな顔をしながら僕の座っていた椅子を揺らしていた。

「あ…悪い」

仕方ないので僕は席を譲り、初ちゃんを座らせた。



元々は去年、中3の初ちゃんの家庭教師代わりに何度も勉強を教えていたのが縁で、結果希望校の水戸北見高校に合格したのだが、それ以降も初ちゃんは晩御飯を食べたり、勉強を聞きにきたり、猫や僕たちと一緒にいたりとこの家によく遊びに来ていた。

それにしても、生徒である彼女が無事にランクの高い北高に合格したというのに、先生である僕が浪人しているのだから何だか情けない。

…いや、初ちゃんの方が頑張ったという事か…

そんな彼女は今、数学の問題と真っ向勝負をしていた。

僕は数学は得意な方なのだけど、初ちゃんは苦手なのだ。

まずは自力で考えないと本人の力にならないだろうから、僕はする事も無く復習がてら数Ⅰの教科書を見ていたのだが…ん?



|ケシゴム|д`)スウガクキラーイw



「お~~~い」

目を離したスキに初ちゃんは落書きに力を入れていた。

「だってワカンナイんだもん、数学って分からないものは全然埋まらないからヤダ」

「コレは定理を当てはめればいいだけの簡単な問題でしょうが」

「むぅ」

顔を膨らますと、幼さが残ってなんだか昔の初ちゃんを思い出す。だからか僕は自然と顔がニヤけてきた。

「ところでコレは何?」

僕が先程の顔文字を指さすと、話が変わったからか初ちゃんは明るい表情になった。

「…なんだろ?最近友達がよく使うんだよね☆」

「友達って…ネットの?」

「うん」

初ちゃんは結構パソコンに詳しい、それは僕が色々教えた部分もあるが、好奇心が強くて人当たりがいいのでネット上では結構人気者らしい。

僕は初ちゃんとは直接ネット上では交流を取って無いのであくまで彼女の言を信じて…だけど。

結局そこから話はまた脱線してしまった。

「…そういえば」

考えてみると初ちゃんも水戸に通学している。

しかも年齢もあの娘と…そう遠くないかも。

「水戸駅で歌っている…初ちゃんくらいの女の子とか知らない?」

僕はダメ元で聞いてみた。

「…どんな子?」

「とにかく綺麗で、背は初ちゃんより低いんだけど髪は長くて綺麗…歌が凄く上手くて…特に歌手の誰に似ているってわけじゃないんだけどとにかく綺麗というか美声なんだ…け、ど…」

気付けば、何だか責める様に初ちゃんが僕を強くみつめていた。

…何回言ってるのよ…

「…え?」

「全然知らない!」

僕の言い方が気にいらなかったのか初ちゃんは大声でそう返した。

「そっか…まあ、しょうがないよな」

「どんな関係?」

さっきよりは声を落として初ちゃんはそう聞いてきた。僕は最初何を聞きたいのかよくわからなくて反応が遅れてしまった。

「…いや、名前も知らないというか、昨日初めて見かけたんだ」

結局、そう僕は返した。

会いたいの?

初ちゃんの声はもはや小声になっていた。

自分でも、どうしてそこまで気になるのか…うまく説明できない気がした。

客観的に考えればそれは「好き」なのだろう。

でも僕はあの娘の何を知っているというのだろう。

ましてや、今の自分の感情をどれほど理解しているのだろう。

ダメだ、考えれば考える程結論が道に迷っている様な…足元のおぼつかない気分になる。

「わかった…今度学校で聞いてみるよ、そんなに目立つなら誰か知ってるかもしんないし」

僕が迷っている間に、初ちゃんの中では結論が出たらしい。

「本当に!?」

嬉しかった。ただ嬉しかった。

せめてもう一回…いや、一回だけじゃ嫌だけどあの娘には逢いたかったから、初ちゃんの提案はとても助かる。

正直自分では毎日あの場所を見に行くくらいしかする事が無かったから。

「写真とか…ないの?」

「…無いorz

「そっか」

心なしか初ちゃんの表情が晴れたように見えた。

「あんまり期待しないで待っていてよね?」

そう言って、初ちゃんはパタパタとノートを片付けて部屋から出ていった。

誰かに言って何か変わったのか、この夜僕はあっさりと眠りにつく事が出来た。




第2話【完】