諸葛孔明先生を人生の師と仰いでいる諸葛丞相.comの玄子(げんし)です。
今日は旧暦8月23日。
孔明先生が五丈原から天に還った日です。
呉の領域にある諸葛村では旧暦8月28日説ですが
明の時代に羅貫中によって書かれた三國演義では8月23日。
1800年以上前のことだし、蜀の地で当時の史料が確認されない限り本当の命日は不明。
なので、個人的に馴染み深い羅貫中説を支持しています。
孔明先生の「星」が落ちたとされる場所は今でも
大事に保護されています。
孔明先生の星が落ちた、とは天に還った、と言うこと。
それを知った敵将の司馬懿(しばい・si ma yi)は
この時を待ってましたとばかりに蜀軍を追撃をしますが
そこで目にしたのは!!!
天に還ったはずの孔明先生の姿でした!
蜀軍の旗も喪に服すことなく、生気を放っているではありませんか!
それを目の当たりにした司馬懿は全てを察しました。
長年にわたって孔明先生と戦い、ある意味、分かり合っていた二人。
北斗の拳であれば強敵と書いて、友と読む、そんな関係だったのではないでしょうか?
司馬懿が察したのは、孔明先生は自身の死を以って蜀軍を一人の死傷者も出さずに、安全に帰陣させようとした最後の作戦でした。
数秒の間をおいて、その全てを察した司馬懿は全軍を撤退させました。
世に言う、
死せる孔明、生ける仲達走らす
死諸葛能走生仲達
※「数秒の間」はNHK人形劇三国志の表現が実に素晴らしいです!
全身全霊を懸けた志や人生の全てが凝縮された孔明先生の最後の姿と、それに圧倒され静止する司馬懿・・・人形劇の集大成とも言えるような数秒間です。
孔明先生ファン、号泣必至この数秒の間に抑えていた涙が爆上がりします。
その後司馬懿は、長年にわたる戦いを経て知った、孔明先生という一人の人間を次の一言で締めくくりました。
まさに、天下の奇才なり!!!
司馬懿は追撃することなく、半旗を掲げて孔明先生を追悼しました。
このシーン、ブログに書くだけでも目頭が熱くなってきます(´;ω;`)
命の最後の最後の最後の一滴まで、細胞の果てまで自身を尽くした孔明先生
まさに、孔明先生が望んだ「盡亮(亮の全てを尽くす)」な人生だったのではないでしょうか?
※亮とは孔明先生の名。諸葛亮、字は孔明先生です
そしてそんな孔明先生の存在が、生き方が、全てが
1800年もの時空を超えて私の命と人生を救ってくれたのです。
孔明先生を人生の師としてお慕いできる奇縁に感謝!
孔明先生のおかげで生きている今日も、最後までお付き合いいただき有り難うございました!
諸葛流文霊想作家・玄子(げんし)
*文霊(あやだま)とは?
時代、時空、国境を越えて読む人の心を動かす力を持っている文字には霊(魂、精神)が宿っているという概念から生まれた玄子の造語です。
孔明先生に興味、好意、敬意のある人とのご縁に感謝