ウイスキーもワインも値段が上がっている昨今だが、社会情勢を鑑みるにある程度値段が上がるのは仕方のないことだろう。
輸送費が上がり円安に触れるというだけでも、価格を据え置くのはきつい。
それに加え、ウクライナ危機による燃料不足で、ウイスキー作りに欠かせないピートが本来の使い方、燃料として利用されているという。
ピートが手に入りづらくなるといずれそれは価格に転嫁される。
そもそも酒とは、余った農作物を液体に変えて保存するというところが原点だ。
本来は作物が余らなければつくれないし、嗜好品よりは生活に必要なものが優先されるのは残念ながら致し方ない。
そんな中で、値付けが間違ってるんじゃないかと目を疑うある酒が目に留まった。
1960年に蒸溜され、熟成が60年に達するのに税前で4万円を切っているというのだ。
同じスペックのモルトウイスキーがもし出たとしたら、少なくとも10倍の値段はするのではないだろうか。
それが浅草の名店、BAR DORASがプライベート・ボトルとして詰めたコニャックだ。
このコニャック、ドルーエはDORAS のマスターである中森さんが日本に正規輸入されるきっかけをつくったそうだ。
そのドルーエ家で、地下室でその存在を忘れられていたというコニャックは、1960年に先々代が蒸溜した事が分析により判明したという。
そのストーリーについては、DORASのオンラインショップのこのボトルの記事に詳しく記載されている。
中森さんがプライベート・ボトルとして詰めるなら味は間違いないだろうし、スペックだけを考えても安すぎる。
そう思いこのコニャックを一本注文し、届いたばかりだが早速開栓して飲んでみた。
中森さんからの案内には、『早飲みではポテンシャルを引き出せない60年の熟成の意味があります。
開封した直後ではダブルショットで2時間かけて1杯に向き合い、60年の歳月を味わうことが出来ました』とあった。
それに倣い、たっぷりと注いでチェイサーなしでゆっくりと時間をかけて飲んでみた。
【テイスティング】
トップには崇高なオークの香木、ランシオ香、瑞々しくナチュラルなブドウや洋梨の優しい果実味、シロップ漬けの黄桃。
焼いて溶かしたザラメのような甘味、ジンジャーハニー、クローヴやナツメグなどのスパイス、土のついた生姜、トリュフの香り。
カンパリ、オレンジの皮、白い花のフローラル、アーモンドやカシューナッツのオイリーさ、カモミールティー。
長い余韻には艶のあるドライアプリコットやフレッシュな黒いブドウの皮やその果汁、ナチュラルでピュアな果実味が陶酔感のある余韻を支配する。
多彩な香味に溢れ、熟成年や案内文からウッディネスがもっと強いかと思っていたが、ウッディネスはほどよく心地よい。
果実味はナチュラルで優しく、極端にフルーティー方向にも振れておらずバランスのよい重厚さがある。
そこにオイリーさやスパイシーさ、ビターさや甘さなどが絶妙に絡み合う。
極上の蒸溜酒で、この味の蒸溜酒が今どきこの値段で買えるのか!と驚嘆する。
それゆえ飲んですぐさま1本追加で注文した。
超長熟のシングルモルトウイスキーとは共通するものもたくさんある。
おそらくこのクラスまでくると、蒸溜酒も究極的には一つの方向に収斂されるのだろう。
長く熟成する力を持つグランヴァンが、ブドウの品種に関係なく昇華するのと似ている。
60年という気の遠くなる年数に抗えるのは、限られているものだけという事なのだろう。
また、アーサー・クラークの『十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない』という言葉が頭に浮かんだ。
これはまさに時の魔法がかけられた究極的な蒸溜酒で、これこそが王冠を授けられるべき酒だと思う。
しかも開けたてでこれだから、今後の時間経過でますますいろんな顔を見せてくれる事だろう。
私はウイスキーが好きだが、ウイスキーに限らずうまい酒を自分が安いと思える値段で飲みたいただの酒飲みだ。
なので、最近ウイスキーが高いなと思ったら、ウイスキーではなくワインなどの違う酒を買って飲んでいる。
そういう人間もいれば、ウイスキーであることにこだわる人もいるだろう。
このボトルはウイスキーではないが、カテゴリーにこだわらず真にうまい酒、蒸溜酒を飲みたい方には強く勧めたい。
向き合えば向き合うだけ得るものがあり、何かを返してくれる。
そんな素晴らしい極上のコニャック、極上の熟成蒸溜酒だ。
【Excellent!!!】