これは今から35年前、私が大学生だった頃の話です。

 

私には名前ぐらいしか聞いたことのない独身の叔父(母の弟)がいました。

 

中学校で美術教師をしていたその叔父はバイク事故により45歳で急死。

私は体調不良だった母の代理として伯母(母の姉)とともに叔父の部屋へ後片付けのために向かいました。

 

叔父の住んでいた賃貸マンションの部屋に入ると、微笑む若い女性の大きな肖像画が飾ってありました。

 

 「ああこれ、しおりさんの絵ね。」

 

伯母は絵を見るなりそう言うと、部屋の片づけをはじめました。

 

私が肖像画のことを伯母に尋ねると、肖像画に描かれている若い女性は叔父の昔の婚約者で20年も前に病気で亡くなったということでした。

 

 「そうよねぇ、この絵どうしようかしら? 困ったわ。」

 

伯母によると叔父は婚約者だった女性が亡くなった後も絵を部屋に飾り続け

 

 「彼女はこの絵の中で生き続けているんだ。」

 

と言って、絶対に手放そうとしなかったといいます。

母や伯母が叔父にいくら結婚を勧めても、自分は亡くなった彼女以外と結婚する気はないから放っておいてくれと連絡を絶つようになったということでした。

 

亡き叔父が大切にしていた絵だけに簡単には処分できないという伯母。

結局、肖像画に描かれている女性の実家に手渡すのが最良ではないかということになり、私が車でその絵を届けることになりました。

 

 

 「ごめんください。」

 

日本家屋の立派な門構えの家で私が声を掛けると、「どちら様?」といって、庭にいた高齢女性が駆け寄って来ました。

 

そして、私が抱えていた大きな肖像画を見るなり

 

 「あなた。ちょっと、あなた! しおりが帰ってきましたよ!」

 

という声をあげて家の中にいるご主人を呼びました。

どうやら、絵に描かれている女性のご両親のようでした。

 

私は居間に通され、自分が叔父の甥であること、叔父が交通事故で亡くなり、持っていた肖像画を引き取ってもらうためにここに来たという趣旨を老夫婦に伝えました。

 

 「そうですか・・・幸雄さん(叔父の名)がねぇ。何と言っていいか・・・」

 

老夫婦は叔父の突然の訃報に痛ましい様子でした。

 

 「しおり、いえ娘と幸雄さんは、それは仲睦まじく熱愛でしてね。」

 

老夫婦は今は亡き娘のことを想起して昔話をはじめました。

 

叔父はプロポーズに際して彼女の肖像画を描こうとしたのだといいます。

だがそんな時に彼女の身に病魔が襲い掛かりました。

急性白血病。

当時はまだキチンとした治療法が確立しておらず、白血病といえば不治の死の病という認識でした。

 

いろいろ手を尽くしてみるものの病状は悪化の一途をたどるばかり。

叔父は毎日のように彼女の病床を見舞い、「絶対に治るから!」と励まし続けたと言います。

 

そして彼女の最後の言葉は叔父への

 

  「あなたのそばにずっと一緒にいたかった。」

 

とのこと。

 

その話を聞いて、私はあることに気づきました。

肖像画の絵は楽しそうに微笑んでいます。

だが、叔父がこの絵を描いている時期の彼女は病で苦しんでいる時。

 

もちろん、プロポーズのための絵なので微笑しているのは当然なのですが、これは叔父のこころの中に『絶対に治るよ』、『いつもキミと一緒にいるよ』という彼女への愛の証しとして、想いを込めて描いたものなのではないかということでした。

 

 

「叔父は不慮の事故で亡くなってしまいました。」

「きっと今頃、あちらの世界でしおりさんと出逢っていると思います。」

「だからこの絵はしおりさんのご両親のもとに帰るべきだと私は思うのです。」

 

大学生にして、こんな言葉がスラスラ出てきたことに私自身驚きました。

何かの力がはたらいていたとしか思えませんでした。

 

 「ありがとうございます。娘の絵は私どもで大切にいたします。」

 

老夫婦はそう言うと私に深々と頭を下げて絵を受け取りました。

 

 

絵は描く人の思いが強くその作品に現われるものだと聞いたことがあります。

叔父は一枚の絵に婚約者への愛を込めたのではないでしょうか。

婚約者を描いたその絵はいわば、叔父の魂そのものだったのかも知れません。